国家的草競馬、始まる

「岸田首相が総裁選不出馬を表明」

昼前に突然飛び込んできたニュースに驚いた向きも多かろう。NHKは昼のニュースを延長。新聞は号外。日経平均株価は一時600円近くも値を下げた。なぜこのタイミングなのか? 後継は誰か? 様々な憶測が飛び交っている。

ただしタイミングについては推察できよう。ニュースが夏枯れのお盆前後に狙いを定めるのは常套手段。とはいえ、五輪が終わるまでは世間の耳目を集めにくい。昨日はモンゴル首相との電話会談に加え五輪メダリストの表敬訪問があった。明日は終戦の日。あさっては台風が来る。ならば今日しかない。

我々庶民が気になるのは、やはり次の上様である。ここまでに名前が上がっているのは、茂木敏充氏、小泉進次郎氏、高市早苗氏、河野太郎氏、そして石破茂氏といったあたりか。若手からは小林鷹之氏を担ぐ動きもある。

競馬ファンなら河野氏が気になるはずだ。「デジタル担当大臣」などというちっぽけな(?)肩書より、セレクトセールを主催する「日本競走馬協会」の会長の方が通りがよかろう(河野氏の閣僚就任に伴って現在は吉田照哉氏が代行中)。さらに弟の二郎氏は那須野牧場のオーナーであり、クラブ馬主グリーンファームの代表も務められている。つまり華麗なる競馬一族というわけ。

2012年 オーバルスプリント アースサウンド 後藤浩輝

太郎氏、二郎氏の父である河野洋平氏も日本競走馬協会会長を務めた政治家だが、「総理になれなかった自民党総裁」のイメージはいまだ残る。自民党でトップに立ちながら、当時は細川護熙氏率いる非自民政権の真っ只中だった。

さらにその父・河野一郎氏も農相や建設相などを歴任し、日ソ国交回復に尽力した有名政治家。亡くなった際、当時の日本医師会長・武見太郎氏が「おかくれになった」と発表したほどの超大物だったが、なぜか総理の椅子には届かなかった。志を得ることのないまま急逝。その直後にデビューした生産馬ナスノコトブキが翌年の菊花賞を勝つのだから皮肉である。悲運の政治家も悲運のホースマンも少なくないが、その両方となると珍しい。

果たして河野家三代の悲願は為るか。いや、そもそも河野家の悲願は総理の座などではなく、ダービー制覇なのかもしれぬ。なにせダービーを勝つのは一国の宰相となるより難しいのだから。

国家の一大事に競馬を持ち出すのは不謹慎だと言われるかもしれないが、かつての自民党の重鎮・椎名悦三郎氏は「総裁選は田舎の草競馬」と評した。一国の宰相がその人物の見識や力量によってではなく、派閥の多数派工作で選ばれることを自ら揶揄した言葉である。田中角栄氏の後継に三木武夫氏を推薦した「椎名裁定」で歴史に名を残した人物の言葉ゆえに重みがあろう。とはいえ今回の総裁選では、誰もが多数派工作に苦労することは間違いない。なにせ自民党の派閥は壊滅状態。それを為した人物は舞台を降りる。あとは皆さんお好きにどうぞ。ならば本命不在も当然だ。しょせん我々は草競馬の見物人。ただし今回の競馬は面白くなりそうな予感がする。

 

***** 2024/8/14 *****