千人の祭り

明日、金沢競馬場でJBCが行われる。前回の金沢JBCは2021年だから5年ぶりのこと。あの日の金沢競馬場の入場者数は1023人だった。10230人の誤りではない。なぜか。そりゃもちろん、コロナ禍真っ只中だったから。ちなみにその前に金沢でJBCが行われた2013年は12569人が入ったから、10分の1以下ということになる。

一般入場が許されたのは事前の抽選で当選した本人のみ。金沢駅のファンバス乗り場でも、競馬場の駐車場でも「当選はがきが無いと競馬場には入場できません」と繰り返し注意喚起されていたが、それでも競馬場で入場を断られている人を見かけた。それも一人や二人ではない。

押し問答になっているのはことごとく年配の男性であったように思う。毎日のように競馬場に来ているファンにしてみれば、「昨日が良くてで今日がダメとはどういうことだ?」と言いたくもなろう。競馬場の係員は「すみません。今日はJBCなので」と言うが、正確にはJBCのせいではない。新型コロナのせいではないか。

ともあれ、人もまばらなJBCである。直前の日曜には2734人が入っていたのに、祝日のJBCにはその半分も入らない。2734人がOKなら、JBCももっと入れたんじゃないか? そんなことを思ったりもした。

しかし、こと新型コロナ対策という視点に立てば、地元客だけの2700人と全国から集まる1000人とは全く異なる。実際、馴染みの馬主やカメラマンとも遭遇したし、北海道から牧場関係者も大勢来ていた。当時の私は大阪からサンダーバードに乗っての来訪である。全国規模の祭典がJBCのコンセプトのひとつなのだから、やはり新型コロナのせいにするしかない。

1レース終了後、混雑を避けようと早めに訪れた食堂もガラガラだった。この店の名物はジャンボチキンフライ。大ぶりのチキンが3個串に刺さっている。この日はJBC仕様で普段よりもさらに大きくしていた。「お祭りだからね」と店主は胸を張る。一本300円。安い。安いが、残念ながら場内はお祭り感には欠ける。

入場の際には、ひとりひとりにお土産が手渡された。これもお祭り演出のひとつ。ペットボトルのお茶が2本。レーシングプログラム。JBCのタオル。それに「ぶどうの木」のバウムクーヘン。その名も「ケイバウム」。

金沢市内の有名洋菓子店「ぶどうの木」では「型抜きバウム」という人気商品が販売されている。「パンダバウム」や「にゃんこのバウム」がSNSで取り上げられ全国的に大ヒット。東京・銀座に「カタヌキヤ」という型抜きバウムの専門店があるが、本店はここ金沢である。その競馬版というわけ。これは凄い。さすがJBC。バウムクーヘンに「お寿司ではありません」の注意書きも初めてみた。さすが金沢。

6レースの直前にひと雨あった。逃げるように飛び込んだ「金澤玉寿司」も空いている。普段なら地元の常連で満席だが、この日は初めてのお客さんばかり。注文に四苦八苦しながら、それでもおかみさんが親切に応対しているのがどこか微笑ましい。JBC当日とは思えぬ長閑さ。場内実況はレースが進むたびに「緊張感が高まってきました」と言うが、いやいや、そんなことはないですよ。でも、それも悪くない。

「金沢の馬に頑張ってもらいたいですねぇ」と私。「そりゃあ無理だろうけど、騎手なら勝てるかも知れんな」と寿司店の大将が応えた。いま思えば、ここに大きなヒントが隠されていたわけだ。

2021年 JBCクラシック ミューチャリー 吉原寛人

大将の言葉通りにメインのクラシックを制したのは地元金沢の吉原寛人騎手。ゴールの瞬間に沸き起こった拍手の嵐に観衆千人をしばし忘れた。近くに座るファンは「一矢報いた!」と興奮を隠そうとしない。ここに及んでお祭りムードは一気に最高潮に到達した。金沢のファンにすればこれほどの痛快事はあるまい。

あの日、入場を門前払いされていた年配ファンにも、お祭りに参加してもらいたかった。ただ「バウムクーヘンはいらない」と言うかもしれない。いずれにせよ、明日の金沢競馬場が満員の大観衆で埋まることを楽しみにしよう。

 

***** 2026/11/2 *****

 

未明の快挙

眠い目をこすりながらボンヤリ観ていた未明のBCスプリントで快挙が達成された。日本調教馬によるBCスプリント制覇は初めての出来事。なにせ過去42回のBCスプリントの歴史で、米国調教馬以外が勝ったのは1991年のシェイクアルバドゥーただ一頭。BCスプリントの歴史はダート短距離における米国調教馬の強さの象徴と言っても良い。その強烈な末脚に完全に目が覚めた。

これで日本調教馬のBC勝利は、フィリー&メアターフ、ディスタフ、クラシック、そしてスプリントの4タイトル。中でもBC創設時から行われている「オリジナル7」のうちのひとつスプリントを勝った価値は大きい。それをテレビ中継とはいえ、リアルタイムでそれを感じられるのだから時代は変わった。

BCスプリントへの日本調教馬挑戦の歴史は2000年のアグネスワールドに始まる。手綱を取ったのは、当時米国西海岸を拠点に騎乗していた武豊騎手。しかし日本調教馬として初めて英仏でGⅠレースを勝ったアグネスワールドのスピードをもってしても、スタートからまったくペースについて行けず8着と敗れた。以後、昨年までのべ7頭が挑戦したが馬券に絡んだことすらない。それが、人気を背負ってしかも勝ってしまったのだから、やはり時代は変わったのである。

テーオーエルビス自身もどんどん変わってきた感は否めない。2歳秋のカトレアSで3着に食い込んだときは穴馬の扱いだった。それから一年を経た昨年の今ごろも、3勝クラスを卒業したばかりの一介のオープン馬に過ぎなかったはず。それが今では全米最優秀スプリンターの最有力候補。シンデレラストーリーにもほどがある。

そのスプリント能力が爆発したのが、昨年のカペラSだった。1番人気に推されたテーオーエルビスは、直線に向いても馬群の真っ只中。進路があるのか?と思う間もなく馬群を割ると、一気に抜け出して後続を5馬身も千切り捨てたから凄い。最後は流す余裕すらあった。

2025年 カペラS テーオーエルビス 鮫島克駿

勝ち時計1分8秒6は優秀。5馬身という着差もダノンレジェンドに並ぶカペラS最大着差である。しかし特筆すべきは、6頭もの重賞ウイナーを相手に、重賞初挑戦の3歳馬が勝ったその事実であろう。百戦錬磨のダートの猛者たちを向こうに回し、条件戦を勝ってきたばかりのテーオーエルビスを1番人気に支持したファンの慧眼も褒めておきたい。

カペラSの手綱を取った鮫島克駿騎手は、レース後のインタビューで、国内にダート1200mのGⅠがないことを嘆いていた。そして今回、管理する高柳大輔調教師も、ダート短距離は選択肢が少ないとした上で、「いろいろな情勢もあるのでオーナーと相談して決めていきたい」とコメントしている。本来ならリヤドダートスプリントと相場が決まっているが、政府が渡航中止勧告を出す国へはおいそれと遠征できまい。とはいえエクリプス賞最有力のスーパーホースが、いまさらカペラSや根岸Sに出ることもなかろう。

騎手や調教師が同じ悩みを口にしたのは、決して偶然ではあるまい。彼の主戦場が米国になってしまう前に、なんとかなぬものか  と考えるうち夜が明けた。それでは筆者はこれから本気の二度寝に入る。天皇賞発走までに起きることはできるだろうか。

 

***** 2026/11/1 *****

 

Regal Gleam の末裔

10月も今日でおしまい。6月に始まり翌年の3月まで続く新馬戦は、およそ半分が終わったことになる。本気でクラシックを目指すなら、そろそろデビューしておきたい。とはいえ出るだけでも大変。今日の東京4Rダート1400mの新馬戦では16頭もの除外馬が出た。

2026年10月31日 東京4R ワイワイシャイニー 荻野極

勝ったのは5番人気のワイワイシャイニー。好発を決めると、内枠を利してそのまま一気呵成に逃げ切った。シャンハイボビー産駒の牝馬。母系を遡れば7代母に1966年全米最優秀2歳牝馬 Regal Gleam の名前が登場する。そこを起点に広がる牝系は、カーリアンやヴィジョン、スキャンらが登場する古き良きファミリーだ。

メインレースは古馬オープン馬によるダートのマイル戦ペルセウスS。昨年の優勝馬ジェイパームスは、クロフネが樹立した日本レコードをコンマ4秒も更新する圧勝だった。しかも、ダート初挑戦での快走。芝マイルの持ち時計が1分33秒0だったのに、ダートで1分32秒9を叩き出したのだから、「クロフネの再来」と騒がれたのも無理はない。

初ダートの武蔵野Sでレコード勝ちしたクロフネは、次走にJCダートを選択し2分5秒9という大レコードを樹立した。一方のジェイパームスは、レコード勝ちのあとプロキオンS⑦着、アンタレスS⑩着、アハルテケS⑦着とダート2勝目が遠い。今回はそのアハルテケSから5か月ぶりの休み明けで昨年勝った舞台に挑む。昨年の優勝馬でありながら単勝6.9倍の3番人気という微妙なオッズはファンの逡巡の現れであろう。

今年のハンデは昨年から1キロ増量の56キロ。大野拓弥騎手とのコンビは昨年のこのレース以来となる。その大野騎手は最後方待機を選択。直線でやおら大外に持ち出されると一気に弾けた。出走メンバー最速の末脚を繰り出して豪快な差し切り。1年ぶりの先頭ゴールである。

2026年 ペルセウスS ジェイパームス 大野拓弥

勝ち時計1分35秒1は、昨年より2秒2も遅い。しかし陣営にとってはそれが何より嬉しいはず。時計が掛かるダートでも結果を出したことで、今後の展望は大きく広がった。その血統表をよくよく見れば7代母にやはり Regal Gleam の名前があるではないか。つまり4Rを勝ったワイワイシャイニーとメインを勝ったジェイパームスは遠縁ということになる。それに気付いていれば筆者もジェイパームスの単勝を買えたかもしれない。私はいつもあとになって大事なことに気付く。

終わってみればディフェンディング・チャンピオンが6.9倍は付け過ぎだった。明日の天皇賞・秋でマスカレードボールは前売り1番人気。二日連続での連覇は達成されるだろうか。米国での連覇の行方も気にしつつ就寝。

 

***** 2026/10/31 *****

 

国立特別初代チャンピオン

明日の東京10Rは国立特別。2勝クラスによる芝1600mに10頭が揃った。

国立特別は2007年に始まったが、実施されない年もあるので、これまで15回しか行われていない。初回の優勝馬はサクラバクシンオー産駒の4歳馬リザーブカード。先行策から直線で早めに抜け出すと、手綱は持ったまま先頭を譲ることなく押し切る強い競馬だった。

2007年 国立特別 リザーブカード 蛯名正義

4歳秋にして4勝目を挙げたリザーブカードは、その後10歳まで走り続ける。通算59戦6勝。獲得賞金2億1570万円は、強豪馬がひしめくサクラバクシンオー産駒の中で14位にランクインする。

メイショウサムソンやアドマイヤムーンと同じ2005年の夏にデビュー。新馬勝ちを果たすと、翌春のニュージーランドトロフィーではファイングレインに激突される不利がありながら5着に食い込み、阪神牝馬S2勝の名牝ジョリーダンスと接戦を繰り広げ、仲冬Sではのちの安田記念馬ショウワモダンを完封し、関屋記念ではマルカシェンクに激しく迫り、そしてついにマイルチャンピオンシップと安田記念という2つのGⅠの舞台にも立った。

手綱を取った騎手は、安藤勝己、吉田隼人、五十嵐雄祐、三浦皇成、山本康志、四位洋文、柴山雄一、柴田善臣、松岡正海、川須栄彦、川田将雅、田中克典、藤田伸二、内田博幸、浜野谷憲尚、穂苅寿彦、北村宏司、そして蛯名正義。18人もの名手の名前が、8年間で59戦のキャリアを物語っている。

ちなみに、これが馬名の由来にもなった「リザーブカード」のリザーブカード(席札)。GⅠ出走が叶わなければ、この栄誉に触れることもなかった。

サクラバクシンオー産駒としては獲得賞金14位でも、ベーリングを母の父に持つ馬としては獲得賞金日本一。「BMS・ベーリング」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、種牡馬ハービンジャーであろう。ベーリングは当時2400mだった仏ダービーをレコードで勝ち、ハービンジャーはキングジョージを史上最大着差でレコード勝ちしている。

平地では1400~1600mばかりを使われたリザーブカードだが、マイルより長い距離では中山記念の7着が一度あるのみ。出走レース選びに苦労しなかったこともあろうが、血統表の母父欄を見るにつれ、もう少し長い距離の走りも見てみたかったような気がする。

 

***** 2026/10/30 *****

 

オキザリス賞と言えば

今週土曜の東京で行われるオキザリス賞は2000年にスタートしたが、実施されない年もあったりして、これまでに15回しか行われていない。しかしそれほど長くない歴史の中に、アジアエクスプレスやドライスタウトといったGⅠ優勝馬を含む多くの重賞ウイナーが名を連ねている。

2024年 オキザリス賞 プロミストジーン T・マーカンド

わずか15回とはいえ、レースとしての個性は感じなくもない。まずは新種牡馬産駒の活躍が目立つ。2013年アジアエクスプレスの父ヘニーヒューズも、2017年ダークリパルサーの父ハードスパンも、2024年プロミストジーンの父ナダルも、すべて新種牡馬だった。

2017年 オキザリス賞 ダークリパルサー 戸崎圭太

なかでも印象的だったのは2013年のアジアクスプレス。2着に7馬身差をつける圧勝劇に新星誕生を予感したのは、ひとり私だけではあるまい。

2013年 オキザリス賞 アジアエクスプレス R・ムーア

手綱を取ったライアン・ムーア騎手は、「馬がまだ子供。まっすぐ走らないし、走るのをやめようとするから、ずっと追わなければならない。終いは良い脚だった。経験を積めばもっと良くなる。芝もこなせると思う。距離はマイルまでなら大丈夫」とまくしたてた。一見辛口の評価にも聞こえるが、無口な彼がここまで話すのは珍しい。きっと何か感じるところがあったのだろう。

実際、アジアエクスプレスは次走に芝の朝日杯2歳Sを選択して勝ってしまう。それがもうひとつのオキザリス賞の特徴「芝・ダート二刀流馬の活躍」ではないか。アジアエクスプレスのみにとどまらず、2023年の勝ち馬ノヴァエクスプレスは芝1400mの新馬戦を勝っていたし、2015年の優勝馬オーマイガイは、のちに阪神芝マイルで1分32秒3の好時計で勝っている。

芝での勝ち星は挙げられなかったものの、二刀流ということで言えばグラスエイコウオーに触れずにはいられない。2000年に始まったオキザリス賞の最初の優勝馬だ。

2000年 オキザリス賞 グラスエイコウオー 村田一誠

オキザリス賞のあとは、芝に適当な番組が無かったという事情もあって、朝日杯3歳S、ジュニアC、クリスタルC、NZTと芝のレースを転戦するが結果が出なかった。迎えたNHKマイルCが13番人気の低評価だったのもやむを得まい。しかし軽快に逃げたグラスエイコウオーはゴール寸前まで先頭を譲らず、場内を大いに沸かせた。

結果、クロフネの強襲に屈したが、その差はわずか半馬身。立派な2着と言って良い。その後も、AJCCで2着するなど、芝・ダートを問わず長く堅実に走って重賞戦線を盛り上げた。今年のオキザリス賞に出走するニシノイサリビは芝で3戦1勝。先々の活躍に思いを馳せつつ、初めてとなるダートでの走りを見届けたい。

 

***** 2026/10/29 *****

 

TCK新時代へ

今日は大井ではマイルグランプリが行われたが、2006年のマイルグランプリを勝ったのはGⅠ級5勝のアジュディミツオー。その勝ち時計1分37秒2は、カツスイセーが記録した時計を27年ぶりに更新するコースレコードだった。あれから20年経った今もそのレコードは破られていない。ちなみに今日の優勝馬ソニックスターの勝ち時計は1分39秒3。ベアバッキューンとリコースパローが競り合う展開はハイペースにも見えたが、それでもレコードより2秒1も遅い結着だった。

大井のトラックレコードの更新は至難である。

芝のトラックを持たない地方競馬場では、コースのバリエーションを増やすため、100m刻みのコース設定をすることが少なくない。しかしわずか100m程度の差では、馬の距離適性に大きな影響が現れにくく、コース設定そのものが意味のないものになってしまう。そこで大井では1986年、トゥインクルレース開催に合わせて路盤の大幅改修を実施した。重い砂を深く敷き詰めることによってタフなコースに変貌させ、たとえ100m単位の距離伸縮でもそれなりの意味を持たせたのである。改修前との馬場差は1600mで3~4秒。トゥインクルを機に、大井はまったく違う競馬場に生まれ変わったと言ってもいい。

2010年の東京大賞典でスマートファルコンが2000mで、翌年のJBCレディスクラシックではミラクルレジェンドが1800mのレコードを更新してみせた。そして3年前の東京盃ではドンフランキーが1200mでレコードを更新している。こうしたJRA所属馬が走る距離ならいざしらず、地方馬しか走るチャンスの無い1600mでレコードを更新したアジュディミツオーは、やはり突出した能力の持ち主だったに違いない。

2006年 マイルグランプリ アジュディミツオー 内田博幸

このマイルグランプリは諸事情あって内馬場からの撮影だった。ちなみに近年の大井は内馬場に入ることが許されていない。入ることができるのは「メガイルミ」のときだけ。その「メガイルミ」は今年も今週末から開催されるが、来年以降は休止となるそうだ。

休止の理由は大井競馬場の大規模再整備によるもの。来年に着工し、2033年の完了を目指すという。千葉県市原市に新設予定の「市原トレーニングセンター(仮称)」と合わせた整備費の概算は約1600億円。それでも昨今の建築費高騰の煽りを受けて、計画縮小を余儀なくされていると聞く。

1995年 ワード賞 グランドサイト 桑島孝春

かつての大井の内馬場と言えば、名物のオッズ掲示板が威容を誇っていた。その後さまざまな変遷を経て現在に至る。新生・大井競馬場は果たしてどのように生まれ変わるのか。筆者は1600mでもJRA交流競走を行えるように改修して欲しいと願っていたが、それはどうやら難しいようだ。路盤の改修があるのかどうかも気になるところ。それが明らかになるのは7年後だ。

 

***** 2026/10/28 *****

 

【訃報】タヤスアゲイン

1998年の青葉賞を勝ったタヤスアゲインが先月7日に亡くなっていたことが、ここへきて発表になった。だが、亡くなってから1か月以上経ってからの発表は感心できない。仮にも功労馬繋養支援事業の対象馬である。しかし今は亡くなった名馬に思いを馳せよう。31歳なら大往生である。

1997年 芙蓉S タヤスアゲイン 吉田豊

スプリンターズS当日の中山9R。2歳オープンの芙蓉Sの発走を前に、筆者はたまたまタヤスアゲインのことを思い出していた。今を遡ること29年前の優勝馬である。スペシャルウィークと同期のサンデーサイレンス産駒で、新潟で新馬を勝つと、ダリア賞、芙蓉S、いちょうSと怒涛のオープン3連勝を果たした。この時点で、彼は間違いなく世代のトップに立っていたのである。

2歳10月の時点で4勝と聞けば早熟のスピード馬の印象を抱きがちだが、タヤスアゲインは翌春の青葉賞も勝ってみせた。ダービーではセイウンスカイの背後に付けて果敢に先行したが、スペシャルウィークの破壊的な脚の前に為す術が無かった。それでも8着なら頑張ったと言えよう。

1998年 青葉賞 タヤスアゲイン 柴田善臣

母系を遡って6代目に登場するのが英月。現役時はテツバンザイという競走名で活躍し、第4代のオークス馬となったばかりか、日本ダービーにも出走してセントライトの4着に入っている。繁殖入りしてからは、クリペロ、クリヒデ、カツアール、ダイタクヤマト、ニシノライデン、クリロータリー、サニーライト、オギティファニー、アラシ、ローズムーン、ロシアンブルー、ローブモンタント、マロングラッセ、ローレルゲレイロ、ディープボンドという、今なお存在感を保ちつづける壮大なファミリーラインの起点となった。

そんな母系の良さとを活かして種牡馬になれれば良かった。なにせ泣く子も黙るサンデーサイレンス直子である。しかし競馬はそんなに甘くはない。引退後は「名馬のふるさとステーション」に引き取られた。当時はまだ珍しかった養老牧場。ほかにもラガーレグルスやシャコーテスコ、フレッシュボイスといった面々が暮らしていたと記憶するが、経営上のトラブルにより繋養馬たちは移動を余儀なくされた。

タヤスアゲイン (名馬のふるさとステーション 2001年撮影)

タヤスアゲインはいくつかの乗馬クラブや牧場などを経て、2019年から西川富岡牧場分場で過ごしていた。数奇な運命ではある。とはいえ、多くの人に愛された馬生であったことは間違いない。

9月の時点で、平地重賞ウイナーの最高齢馬はエアガッツ(9月17日に死亡)、シャコーテスコ。メジロドーベル、マコトライデン、ポートブライアンズと続いて、タヤスアゲインは6番目だった。経営トラブルは決して褒められたことではないのだけど、30歳を超えてなお生き永らえた彼の馬生に「名馬のふるさとステーション」が一定程度の役割を果たした事実は動かしようがない。それを心に留めつつ、「最強世代」の一翼を担った名馬の冥福を祈ろう。

 

***** 2026/10/27 *****