イグナイターの日

「夢かなって思うぐらいの感じですね。ほんとに気持ちいいです。園田の皆さん、やりました!

兵庫のイグナイターがJBCスプリントを勝った。兵庫所属馬がGⅠを勝ったのはこれが初めて。「イグナイターならやってくれる」と信じつつ、何度も跳ね返された高い壁に「イグナイターでもダメなのか」と諦めかけたのは誰あろうこの私。それでも今年の始動戦となった高知まで追い掛けて行ったのは、園田を根城にする競馬ファンとしてイグナイターを信じたい気持ちが上回ったからにほかならない。

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高知・黒潮スプリンターズカップを9馬身差で千切り捨てると、さきたま杯でGⅡ初制覇。そしてついに今日、GⅠを、しかもJBCのビッグタイトルを手にした。トントン拍子の快進撃に、笹川翼騎手が「夢かな」と言ったも頷ける。この2年間、地元の雄であるイグナイターを追いかけ続けた私にとっても、嬉しくないはずがない。

あれから8年になる。

2015年のJBCも大井開催だった。そのスプリントに当時の兵庫最強馬・タガノジンガロが出走してきたのである。前年の名古屋・かきつばた記念を勝って兵庫史上3頭目となるダートグレード制覇を成し遂げたあとも積極的に各地の交流重賞を渡り歩いた。このあたりは現在の兵庫最強馬・イグナイターの姿に重なって見えなくもない。

ともあれタガノジンガロは佐賀のサマーチャンピオンを2着すると、東京盃で自身初となるスプリント戦に挑戦。初めての1200m戦のせいかスタートが決まらず後方からの競馬を強いられるも、直線だけで5着まで押し上げた。迎えたJBC本番で引き当てた枠順は1枠1番。スタートさえ決まればチャンスはありそうだ。

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そしたらズバッとゲートを決めて内目の3番手にすっぽり収まった。これはひょっとしたら、やってくれるかもしれない。

大歓声と共に馬群が直線に向くいた。1番人気ダノンレジェンドにムチが飛ぶ。しかし逃げるコーリンベリーの脚色は緩まない。JBCスプリントでは初となる牝馬のチャンピオン誕生の瞬間だ。

「おや?」と思ったのはその直後である。勝ち馬の後ろ姿を撮り終え、ファインダーから目を離したところで、ようやく目の前を後続の馬たちが駆け抜けていった。その中に、タガノジンガロ木村健騎手の勝負服があったのである。

おかしい。あんなに負ける馬じゃない―――。

JBCデーの競馬場は忙しい。ウイニングランに口取り撮影。そしてプレゼンターのタレントが登場。てんやわんやの表彰式が終わるのを見計らったように、次のレースJBCクラシックの出走各馬の本馬場入場である。祭り騒ぎの喧噪にタガノジンガロに感じた違和感はすっかり掻き消されていたのだろう。彼の訃報を知ったのはずっと後のことだった。洗い場に戻ったタガノジンガロが急性心不全で死んだらしい、と。

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あれから8年。同じ大井競馬場の同じJBCスプリントで兵庫所属馬が頂点に立った。それを知る兵庫のファンにしてみれば、特別な感慨を伴う勝利だったに違いない。馬と同じくGⅠ初制覇を果たし、しかもタガノジンガロも管理していた新子雅調教師は、「タガノジンガロが後押ししてくれた」と目頭を押さえた。しかし「来年は海外も視野に」と更なる野望を口にしたあたりはさすがだ。超一流は常に前を向く。でも私みたいに過去を振り返りがちな人もいる。いずれにせよ、今年のJBCの主役はイグナイターだった。

 

 

***** 2023/11/3 *****