馬上の魔術師

「またまたジョアン・モレイラです!」

Moreira

アルゼンチン共和国杯ジョアン・モレイラ騎手のゼッフィーロが先頭でゴールを駆け抜けると、場内実況アナウンサーがそう叫んだ。モレイラ騎手はこの土日だけで11勝の荒稼ぎ。勝率611は驚異的だ。仮にこのペースでJRAで1年間乗り続けた場合、583勝に到達する計算になる。

モレイラ騎手にとってこれが今年のJRA重賞3勝目。レーベンスティール、ナミュール、そしてゼッフィーロ。共通するのは誰もが認める素質の持ち主でありながら、展開や運に恵まれず重賞タイトルから遠ざかっている馬であること。「ゲートでつまづいた」「進路がなかった」「4コーナーで外に降られた」「位置が後ろ過ぎて前を捕まえられなかった」。もはや聞き飽きた感さえある敗戦の言い訳だが、モレイラ騎手が乗るとこういう類のコメントを訊くことがない。

今日もそうだった。課題のゲートは五分に出た。道中は中団の内ラチ沿いを追走。手応え十分で直線に向いたが、前が壁になって抜け出せない。外に出そうにもフルゲート18頭の激戦ではそれも無理。万事休すかと思われた残り200のハロン棒付近で、わずかに前が空いたのをマジックマンは見逃さなかった。狭いスペースから弾けるように抜け出すと、あっと言う間にトップスピードに到達。そのまま先頭に立ってゴールを駆け抜けた。

「ゴーサインを出してからの反応は素晴らしかった。能力が高い馬です」

モレイラ騎手のコメントに嘘はあるまいが、素晴らしい反応を引き出せる余地を残すように乗っていること自体が素晴らしいのである。目黒記念のゼッフィーロも、ラジオNIKKEI賞のレーベンスティールも、東京新聞杯ナミュールもその余地が無かった。でもモレイラはその余地を残している。なにが違うのか? 個人的には、肘の位置を拳よりも低く保ち、馬上にピタリと張り付くようなあの独特のフォームにカギが隠されていると思うが、おそらくカギはそれひとつではなかろう。結局なにが違うのかは分からない。だから「マジック」なのである。

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体質が弱く3歳2月のデビューとなったゼッフィーロにとっても、この1勝は大きい。もともとこの秋はメルボルンカップを目指すシルヴァーソニックの帯同馬として豪州遠征を予定していた。だがシルヴァーソニック脚部不安を発症したことで、ゼッフィーロの豪州遠征も白紙に。やむなく国内にターゲットを絞ったが、オールカマーはタイトルホルダーにクビ差及ばずの3着で賞金加算に失敗。このアルゼンチン共和国杯にしても、1/2の抽選を潜り抜けて出走枠に滑り込んでいた。

今日の勝利で今後のレース選択にも幅が広がるはず。登録を済ませている香港ヴァーズにも選ばれる可能性も出て来た。豪州遠征のはずが着いてみたら香港だったとなれば、それこそマジックであろう。

 

 

***** 2023/11/5 *****