突然の悲劇

「イタっ!!」

そう叫ぼうとしたのを反射的に押し留めたのは、そこが満員電車の車内だったから。突然、立っていられないほどの痛みが腰を襲った。両手でつり革を掴んで、どうにか体勢を保つが、脂汗が額に滲み出てくるのが分かる。痛い。ものすごく痛い。

左腰に「ぐりっ」という感触が走ったのは、社内が混んできたので半歩奥に移動しようと、身体をひねって背後を振り返った時だった。重いものを持ったわけでも、不自然な姿勢を取ったわけでもない。しかし、これがぎっくり腰というヤツだと瞬時に悟った。齢五十五にして初めての経験である。

それでも日中はどうにかなった。階段は使わずエスカレータに頼る。長歩きもつらいので、たとえ近くでも電車やバスのお世話になった。イスに座る、あるいはいイスから立ち上がる動作は両腕の力に頼れば痛みはほとんど感じない。なんだ、案外たいしたことないじゃないか。

問題が表面化したのは意外にも帰宅してからである。まず着替えができないことに気付いて呆然とした。屈めないからズボンも靴下も脱ぐことができない。足を上げても痛いのだから風呂も無理であろう。仮に浴槽に入れたとしても出る自信がない。ふやけ死ぬのはゴメンだ。最重要案件はトイレである。たまたま昼間はしゃがんで用を足すシチュエーションがなかっただけのこと。こればかりは決死の覚悟で挑むしかあるまい。

先月のジャパンカップで園田のチェスナットコートに騎乗予定だった田中学騎手が、レース前日になって腰痛のため騎乗できなくなるアクシデントがあった。レースでは田辺裕信騎手が騎乗してことなきを得たが、田中学騎手に歴史的ジャパンカップに参加してもらうことが大きな目的のひとつだった陣営としては、着順は別としてさぞ無念だったに違いない。

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田中学騎手の腰痛がいわゆる「ぎっくり腰」かどうかはさておき、ぎっくり腰のような症状で乗り替わりとなるケースは稀にある。なにせレース中に発症することもあるというから怖い。

その場合の変更事由は「急性腰痛症」となる。昨年3月の中京で富田暁騎手が、おととし9月の中山では石橋脩騎手が、この急性腰痛症で乗り替わりとなった。実は件の田辺騎手も2015年の有馬記念騎乗を急性腰痛症でフイにしている。ジャパンカップでのチェスナットコートの鞍上が宙に浮いたと聞いて真っ先に騎乗を申し出た背景には、腰痛の辛さを知っていたからかもしれない。

乗り替わりは、結果的に馬券を購入したファンの信頼を裏切ってしまうもの。しかし腰痛は時と場所を選ばずに襲い掛かる。過去に「腰痛ぐらい我慢しろ」などと言ってた自分が恥ずかしい。なにせ顔を洗うことすらできないのである。目下の私の課題は床に敷かれた布団に寝ること。仮に横になれたとしてもそれが最後、起き上がれる自信がない。

 

 

***** 2023/12/14 *****