齢またぎ

江戸時代、大晦日は一年の最後を締めくくるとともに、最大の収支決算日であった―――。

NHKの番組「チコちゃんに叱られる」でも紹介されたウンチクだから、この風習を知る人も多いかもしれない。ツケで買い物をすることが多かった当時、年末は借金取りと激しい攻防が繰り広げられるシーズン。大晦日はそのクライマックスである。なにせ、年を越してしまえば借金はなかったことになるのだから、取り立てる側も取り立てられる側も真剣さは半端ではない。

この風習は明治以降もしばらく続いた。「なんでお正月はおめでたいの?」という私の問いに明治生まれの祖母は「借金取りが来なくなるから」と答えていたのが動かぬ証拠。子供心に「ふーん。そういうものか」と妙に納得した覚えがある。

晦日を収支の決算日とする風習は、令和の時代でも競馬ファンの間に根強く残っているような気がしてならない。馬券収支をマメに記録している人も年を跨げば基本的にチャラ。たとえ前年の収支が百万の赤字であろうとも、心の中でそれをリセットできるからこそ年明けの金杯にあれほどの人が群がるのであろう。

明日は、水沢、大井、笠松、園田、高知で開催があり、そのすべての競馬場で重賞レースが行われる。有馬で負けても、ホープフルがダメでも、東京大賞典で惨敗を喫しても、まだ勝負できるのだからありがたい。かく言う私は今年ここまで激しい出入りを繰り返しながら、10万弱のマイナス収支で大晦日を迎えた。普通なら極めて上出来な成績だと感心するところだが、こうなったら競馬場に貸している(と思っている)10万円に利子を付けて取り替えさなければ話になるまい。仮に年間プラス収支なら2002年以来122年ぶりの快挙。東京2歳優駿牝馬は筆者にとって日本シリーズ並みの意味を持つ。

そんな2歳馬たちが「2歳馬」と呼ばれるのも明日の一日限り。あさってからは揃って「3歳馬」となる。知り合いの競馬専門紙記者は、「今日は馬齢更新作業で忙しい」とボヤきつつ社に戻って行った。今夜は終電になるという。

東京シンデレラマイルは4歳馬フェブランシェがスピーディキックの3連覇を阻んだ。移籍初戦で5馬身差は凄い。そんな新女王もあさってにはひとつ齢をとって5歳になる。クラブ所属馬にとっては実質的に現役最後の年。ダートグレードを視野に総決算の年ともなろう。どことなくせわしない印象を受けるのは私だけではあるまい。年跨ぎは馬たちにとって「齢跨ぎ」でもある。

2024年 東京シンデレラマイル フェブランシェ 吉原寛人

先述の祖母は自身の誕生日を知らなかった。個人の誕生日に齢を取る習慣が始まったのも昭和になってからのこと。それまでは年越しが、そのまま「齢取り」の意味も持っていた。家族揃って年を取るからこそ正月はめでたいのであろう。それを知らずにただ「めでたい、めでたい」と正月に酒を飲んで騒ぐ日本人のなんと多いことか―――。そんなことじゃチコちゃんに叱られますよ。

 

***** 2024/12/30 *****