馬術競技に92年ぶりのメダルをもたらしたのは平均年齢41.5歳の「初老ジャパン」だった。
総合団体で日本が銅メダル。この種目としては史上初の快挙である。クロスカントリーで強豪ドイツが失権となった時点で期待はしていたが、いざ現実のものとなるとにわかに信じられない。そりゃそうだ。当の選手たちですら「信じられない」と口を揃えているのである。
昨夜は「初老ジャパン」という言葉が一気にネットを駆け巡った。メンバー4人はいずれも昭和生まれ。代表監督を務める根岸淳氏が名付け親らしい。それでも41.5歳は初老なのか?という疑問はある。そりゃあ、男子サッカーは23歳以下というルールがあるし、スケボーの日本代表の皆さんに比べれば圧倒的にオジさんではあるけれど、40歳は決して老人ではない。それなら私は「古老」になってしまう。
しかし、である。戦後まもない時期に出版された広辞苑で「初老」を引いたら「四十歳の異称」と記されていたので驚いた。つまり根岸監督のネーミングはあながち間違いではない。戦前まで日本人の平均寿命は50歳に届いていなかった。今や日本は世界に冠たる長寿大国だが、ひと昔前は短命社会だったことを、我々はつい忘れがちだ。人生五十年時代では40歳が「初老」なのはむしろ当然なのである。
とはいえ、総合馬術における40歳は決して年寄りではない。なによりも経験が重要視される種目である。競技年齢としては、ちょうど脂の乗り切った頃合いか。今回の総合個人で金メダルに輝いたミカエル選手(ドイツ)は41歳。銀メダルのクリストファー選手(豪州)は42歳。今日から始まる馬場馬術では50代の選手も珍しくない。ロンドン五輪の馬場馬術では71歳の法華津選手が出場。「じいじの星」として話題にもなった。
それにしてもヴェルサイユの馬術会場は素晴らしい。馬術競技への注目の高さにもあらためて感心させられた。会場の美しさ、タフさ、ギャラリーの多さ、そのすべてにおいて欧州のレベルの高さを痛感する。今回の「初老ジャパン」のメンバーも全員が欧州を拠点に活動を続けてきたのも当然であろう。日本でこのレベルの大会が行われないのだから仕方ない。そういう意味ではまだまだという思いと、それでも今回の快挙が大きな一歩になったという思いが交錯する。
馬術競技でのメダルは1932年ロス五輪以来92年ぶりだとメディアは興奮気味に報じた。では、そのバロン西とウラヌスが出場した障害飛越種目のエントリー人数をご存じだろうか。エントリー段階で12名。実際にはひとりが出場を辞退したので、わずか11人で争われたのである。当時のロサンゼルスという土地は、欧州からすれば遥か彼方の辺境であった。そんなところに大事な馬を連れて行けるだろうか。実は92年前の五輪では、欧州の強豪国が相次いで出場を取りやめていたという経緯がある。
もちろん、出場選手数が少なかったからと言って、バロン西とウラヌスの快挙が色褪せることはない。だが歓喜からひと晩を経た頭で考えると、そうした歴史的背景が報じられないことに戸惑いも覚える。そもそも総合種目としては史上初のメダルである。むしろそちらが強調されるべきではないか。
五輪の結果を報じるネットニュースには「競技」と「種目」の言葉遣いすら満足にできていない記事も散見する。陸上競技の100メートルと槍投げ、水泳競技の競泳とアーティスティックスイミング。これらがまったく違う種目であることは誰もが知っているのに、馬術競技の「総合」と「障碍飛越」の違いを知る人は少ない。細かいことだが、こういうところに日本における馬術競技の置かれた状況が見え隠れする。「初老」というワードが独り歩きするのも根っこは同じであろう。たしかに大きな一歩ではあったが、やはりまだまだということだ。
***** 2024/7/30 *****