パリ五輪日記⑤ 五輪に挑んだサラブレッド(前編)

パリ五輪の総合馬術にオーストラリア代表として出場したボールドベンチャー(Bold Venture)が、元競走馬であると話題になっている。父 Devaraja、母 Royal Zam、母の父Zamoffという血統。五輪のようなトップクラスの馬術競技大会にサラブレッドの出場は珍しい。

総合馬術は、馬場、クロスカントリー、障害飛越の3種目の合計成績で競われるが、中でもクロスカントリーは馬の走力が勝負を分ける。ならばイクイノックスのようなチャンピオンホースを訓練してクロスカントリーを走れば、かなりの好成績を収めるのではないか。ついそんなことを考えてしまうのは、競馬ファンの性(さが)であろう。

だが、そんな私の思いの前には3つの大きな壁が立ちはだかる。

まず第一に適性の問題。競馬の世界でチャンピオンになるような馬は、おしなべて気性が激しい。しかし競技用馬には何より穏やかな気性、従順さが求められる。

もし気性の素直なチャンピオンホースが誕生したとしても、そういう素質馬は馬術よりも種牡馬の道を選ぶのが普通である。これが第二の、そしてもっとも大きな壁であろう。イクイノックスは種牡馬初年度の今年、40億円の種付け料を稼ぎ出した。10年で400億もの収入が見込めるような金のタマゴを、むざむざ去勢するようなことは考えられない。

仮にこれら二つの壁を越えて、一大決心のもとに馬術に転向するチャンピオンホースが現れたとしても、確実に金メダルを狙えるようなトップ選手とのコンビでなければ、馬の一大決心も水泡と化す。団体でメダルを獲得した総合馬術だが、残念なことに個人でメダルに届く選手は今回も現れなかった。

しかし過去に一度だけ、奇跡的にこれら三つの壁をことごとくクリアし、我が国の競馬のチャンピオンホースがオリンピックの舞台で活躍したことがある。馬の名はアスコット。1936年のベルリン五輪のことだ。

 

―――と、ここまで書いてきたが、アスコットについて真剣に書き始めると長くなるので、続きは明日。

 

***** 2024/7/31 *****