【太麺礼讃⑨】田所食品のたらこスパゲティー

スプリンターズSのムゲンに騎乗するため来日中のティータン騎手が、昨日築地グルメを楽しんだらしい。ちなみに昨日は私も築地にいた。もし遭遇していたら明日はムゲンから勝負したに違いない。そんなティータン騎手はラーメンを食べたらしいが、私が訪れたのはこちらのお店。

築地に店を構える「田所食品」は築地でも珍しい魚卵専門店である。その一方で人気のパスタ屋さんでもある。どういうことか。店で扱う新鮮なタラコやイクラを使ったスパゲティーを店先で食べさせてくれるという、知る人ぞ知る太麺店というわけ。

タラコやイクラといった魚卵を麺と和えて食べるという発想は我が国独自のものであろうが、そのはじまりが、うどんではなくスパゲティーであったことは驚きに値する。うどん好きとしては若干の出負け感を禁じ得ない。明太子クリームうどんの美味さを思えばなおさらだ。

スパゲティーは昭和30年代に日本の食卓に広まったが、その食べ方はナポリタンかミートソースの二者択一という時代が長く続いた。昭和50年頃になって、その両巨頭に割って入ってきたのが、当時「たらこ和え」と呼ばれたタラコスパティーカルボナーラでもペペロンチーノでもなく、和風の創作メニューが先に流行るあたりは、いかにも日本らしい。

スパゲティー専門店「壁の穴」で常連客の持ち込んだキャビアをパスタに混ぜたら、ことのほか美味しかった。とはいえキャビアをメニューに組み込むにはコストがかかりすぎる。もっと手軽にできるものはないか―――と店のスタッフが追究した結果、タラコに辿り着いたという。

ただ、当時タラコと言えば、焼いて食べるものと相場が決まっていた。それを茹でたスパゲティーに生のまま和えるのだから、最初は客に気持ち悪がられたこともあったに違いない。それでも、ここまで市民権を得たのは、その美味さに普遍性が認められた証拠であろう。ほどよい塩味をまとったタラコの旨味とバターのコク。そのお客のオーダーがなければ、この奇跡のコラボレーションに出会うことはなかったかもしれない。

田所商店のタラコスパティーに話を戻すと、魚卵専門店のスパゲティーではあるが意外なことに(と書いたら失礼だが)麺が美味いのである。

直径3ミリはあろうかという極太麺は注文を受けてから茹で上げており、ロメスパのようにフライパンで炒めることはない。その茹で加減は絶妙なアルデンテ。しっかり歯応えも残しながら独特のモチモチ感を醸し出している。うどんとは異なる弾力にプチプチと弾けるタラコの食感と絶妙の塩気がたまらない。まさにムゲンに食べられそうな気がする。キングオブ太麺と呼べる存在は、思いもよらぬところにあった。

 

***** 2024/9/28 *****