千客万来と引き換えに

豊洲にオープンしたばかりの新施設「千客万来」を覗きに行ってきた。2月1日のオープン当日は都知事以下関係者が来場し、それを目当てにメディア関係者が集まり、オープンを待ちわびた一般のお客様も当然のごとく大挙押し寄せて、そこに開店初日のオペレーションが伴ってとにかく現場は大混乱だったと聞く。そこから5日目。そろそろ良い頃合いであろう。今日の東京はあいにくの雪予報。しかし、そのおかげで驚くほど空いている。

江戸の街並みが再現された飲食店街には、すし店や玉子焼き店など65の店舗が集まっているそうだ。もちろんウリは豊洲市場の新鮮な食材。そこは市場隣接のしかし安くはない。なにせマグロ丼1杯が7000円である。私はてっきり700円かと見誤った。このあたりが築地と異なる。プロを相手にしていたかつての築地は美味くて当然。その上で安かった。卸値だからそれができる。我々はあくまでもよそ者としてそこにお邪魔させていただいたに過ぎない。

そういう意味ではこの「千客万来」はハナっから観光客向けに造られた「どこにでもありそうなフードコート」という印象が強い。言葉は悪いがかつての築地には一種の猥雑さがあった。それが現場には心地良く、観光客はその非日常感を目当てに早朝から集まっていたのである。「千客万来」はよくできた施設だとは思うが、少なくとも非日常感を感じることは無い。

施設3階のフードコートの片隅に「大江戸うどん さくら」という看板を見つけた。「大江戸うどん」は聞いたことがないが、とにかく空いている。いったいどんなうどんだろうか。近寄ってメニューを見ると―――

京うどんと大阪名物かすうどんのハイブリッドだ。いったいこれのどこが「大江戸」なのか。しかしそんな突っ込みは野暮であろう。施設を埋め尽くしたインバウンドの皆さんに、そこまでのこだわりがあろうはずがない。要はうどんであれば良いのである。築地の方がこのメニュー表を見たら泣くかもしれんな、と思いつつ、かすうどんを注文してみた。

黄金色に透き通ったダシはまあまあ美味い。麺はダメだがフードコートを思えばやむを得ない面もある。なにより関西ではうどんはダシが命。ダシさえ良ければうどんは二の次という関西の流儀からも、決して外れているわけではない。

そうは言っても、こうなると本当に美味いうどんが食べたくなる。そこで市場前駅を挟んだ筋向いの「江戸前城下町」という飲食施設に向かった。ここに「おにやんま」がテナントとして入っているのである。

ところが、なんと施設全体が閉鎖されているではないか。貼り紙には先月末を以て閉館したとある。私はその場に呆然と立ち尽くした。

千客万来」のオープンに伴って「江戸前城下町」は役目を終えたということか。それなら、価格帯やコンセプトが合わないのは承知の上で「おにやんま」も「千客万来」に移ってほしかった。

 

千客万来」は文字通り千客万来の賑わいを呼ぶことには成功した。だが、築地に代わる食文化拠点という点では疑問符が付く。少なくともうどん視点で見れば退行の誹りは免れまい。「おにやんま豊洲店」限定メニューの巨大穴子天うどんを、最後にもう一度食べたかった。

 

***** 2024/2/5 *****