多摩川のほとりで

諸事情これありで大田区多摩川河川敷に広がる硬式野球用グラウンドを訪れた。古い野球ファンなら「巨人軍多摩川グラウンド」として記憶されている方もいらっしゃると思う。1995年の開場から1998年に東京都に返還されるまで、長嶋、王、中畑、原といった往年の名選手たちが、この地で白球を追いかけていた。

多摩川を挟んだ川崎側にも日本ハムやロッテ、大洋ホエールズの練習グラウンドがひしめき合う時代があったと言っても、若い野球ファンには信じてもらえぬかもしれぬ。練習だけではない。イースタンリーグの公式戦すらも、この河川敷で行われていたのである。観覧席などないから、我々観客は土手に座って観戦した。むろんタダ。ファールボールが土手を超えて民家に飛び込むことも珍しくない。新丸子の日本ハムグラウンドはセンター後方に東横線の鉄橋が架かっていて、電車が通過するたびにタイムがかかるという実に牧歌的な野球が行われていたと記憶する。

東京都と神奈川県の境を流れる多摩川流域は競馬とも縁が深い。東京競馬場が現在の立地に決まったのは多摩川の豊富な水が決め手になったというし、かつては登戸にも競馬場があった。下流の小向トレセンは何度も水没の憂き目に遭いながら今なお調教に使われおり、さらにその下流には川崎競馬場が控えている。今日の川崎メインが多摩川オープンなのは、けだし奇遇と言うしかあるまい。

そんなことを考えつつ土手を上がると、目の前に「グランド小池商店」の文字が飛び込んできた。巨人軍のグラウンド開設と同時に開店して以来、選手やファンに親しまれ続けてきた名物店は、多摩川グラウンドが東京都に返還されてからもこの地で看板を守り続けている。

歴代の選手のサイン色紙が壁を埋め尽くし、記念のバットやトロフィーも飾られた店内はさながら「巨人博物館」の様相。いつまでたっても変わりないのがうれしい。ここだけ昭和のまま時計が止まっているのではないか。しかし、おでんの値段は私が子供のころからずいぶん上がっているから、やはり令和なのだと思う。それでもおでんの味は昔と変わらない。重賞勝ち馬6頭という重賞並みのメンバーで行われた今年の多摩川オープンは、アランバローズの圧勝だった。ダービー馬の復活に、おでんとビールで乾杯しよう。

小向トレセンは富津への移転が検討されているらしい。さらに川崎競馬場本体の移転は断念するとも報じられた。報道から半年近くになるが、この件に関して続報はない。「断念」というからには移転は前提というスタンスなのだろう。プロ野球に続いて競馬も多摩川のほとりから撤退しようとしている。多摩川流域の住人としては一抹の寂しさを禁じ得ない。f:id:keibasalon:20240131230746j:image

 

***** 2024/1/31 *****