かつての水道橋界隈には知る人ぞ知る立ち食いそば店があった。その名も「とんがらし」。ウインズ後楽園から橋を渡ってJR水道橋駅西口を通り過ぎ、水道橋西通りをそのまま南へ3分ほど歩く。駅からは遠く、回転が早いはずの立ち食いそばの店なのに行列が絶えないそのわけは、注文が入るたびに一人前ずつ天ぷらを揚げるという店主のこだわりにあった。御覧の天ぷらそば、通称「もりあわせそば」が550円だったのだから安い。
「揚げたて天ぷら」という触れ込みの店は数あれど、実際には油から揚げてから温めておいたものがほとんど。ツユに入れると、コロモがグジュグジュと溶けていくようでは、厳密な意味での「揚げたて」にほど遠い。
本当の揚げたてなら、丼に張られたツユに投入した瞬間“シューッ”っと威勢の良い音を立てるはずだ。コロモからほとばしる油。すぐには口を付けられないほどの熱さ。しかし、そこには揚げおきでは味わえない美味さがある。いや、厳密には「あった」と言わなければならない。多くのファンに惜しまれつつ2019年に閉店してしまったからだ。
それでも跡地に新規オープンした「和処黒木」が、かつての「盛り合わせ」のオマージュを提供してくれているのはありがたい。ありがたいが、そこはやはりオマージュである。メニュー名は「天ぷらそば」。しかも一杯900円。天ぷらもそこまでアツアツではない。かつての「もりあわせそば」とはやはり違う。でもそれは仕方がない。
最後に「とんがらし」を訪れたのはいつだったか。たしか、オフト後楽園が現在のフロアに移転した直後。指定席エリア「ラウンジセブン」に初めて入って、あまりに馬券が当たらないからと気分転換に散歩に出たとき。まだ平成だったはず。思えば「ラウンジセブン」もあの日以来入っていない。ならば久しぶりに行ってみようか。そうすれば、少しは「とんがらし」の味を思い出せるかもしれない。
オフト後楽園の一般フロアはA館6階だが、そのひとつ上のフロアが指定席専用フロア「ラウンジセブン」。たった500円でご覧の席が使える。席にはコンセントがひとつ。専用モニタは無いが、頭上には無数のモニタがあるから心配はない。ラウンジ内には売店もあるから、ゆっくり過ごしたい向きにはもってこいであろう。
久しぶりに指定席に入ったが、馬券は相変わらず当たらない。「とんがらし」への郷愁が募っただけ。帰り際に1階の駐輪場をチェック。このブログへのコメントで触れられていたので、念のため様子を見ておいた。1階の一部はリニューアル工事が行われていて、「アニタッチ東京ドームシティ」という触れ合い型の動物施設に生まれ変わることが決まっている。しかし1階の大部分を占める駐輪場は、昭和から平成を経て令和の今日に至ってもなお、変らぬ景色を保っていた。
***** 2024/5/17 *****