マグロも馬も

過日、豊洲市場でのマグロ競りを見学する機会を得た。廊下のガラス越しに見下ろす一般見学エリアからもう一方踏み込んで、比較的近い場所に立ち入ることができる。しかも市場スタッフの解説付き。この日は40人ほどが参加したように見えたが、驚くことに日本人は私とその同行者のみだった。

扉を抜けて競り場に入ると魚の匂いがプンと鼻を衝く。そしてものすごく寒い。目の前の床には大小さまざまなマグロが並べられており、その周りを手鉤を持った大勢の仲買人がウロウロ歩いて品定めしていた。競馬のセリならば彼らは調教師か馬喰にあたる存在であろう。

仲買人たちは器用に手鉤を使って、気になるマグロの尾の身を削り取っていく。身を手に取ってその感触を確かめたり、中には口に入れる人もいた。それを見てズルいと思ったのは私。それでスタッフに訪ねた。「マグロに傷を付けていいのか?」と。なにせ高価な売り物である。しかし、競り前であればまだ誰のものでもないからOKらしい。競走馬のセリで上場前の馬を引き出して、歩かせたり、お尻の皮膚をつねったりするようなものか。

マグロであれ競走馬であれ、こうした上場前の品定めが重要になることは言うまでもない。マグロの仲買人に求められるのは「目利き」。競走馬なら「相馬眼」という言葉に置き換えても良い。

クライアントの好みを加味しなければならないことも同じ。一般に大きなマグロが重宝されるのはサイズが大きくなるほど脂乗りが良いためだが、高級店ほど脂の質や香りにこだわる。大きければ良いというものではないし、脂が乗っていれば良いというものでもない。競走馬も同じ。セリでは大きい馬に注目が集まるが、距離や芝ダートの能力適性はもちろん、流星の形や毛色といった外見にまでこだわりポイントは多岐に渡る。

豊洲ではベテランの仲買人の後について一緒にマグロを見ている若い仲買人もいた。目利きを学ぶのも簡単ではあるまい。初歩的な目利きとして「傷が多いマグロを買え」という格言があるそうだ。手鉤で付いた傷が多いということは、それだけ多くの仲買人が目を付けた証。何か光るものがあるのである。しかし、それで痛い目に遭うリスクもゼロではないらしい。そうやって自らも傷を負いながら、五感を研ぎ澄ませるしかないという。とりたてて相馬眼もなく、馬選びの実績も無い私からすれば耳の痛い話だ。

「ダメなところを見ちゃダメ。自分なりの良いところを見つけなきゃ」

今では社台ファームの幹部になられた人物から、ずっとそんなことを言われ続けてきた。それは分かる。分かっているんだけど、実際に見ると嫌なところばかりに眼が行っちゃうんだよなぁ。こうなるともはや自身の性格に問題があるように思えてくる。私は仲買人にはなれそうもない。

 

***** 2024/2/15 *****