カラ馬の1着

先週水曜の大井でのことを書く。そも筆者の目当ては東京ダービーの次に行われる最終レース。そこに出走するニューフロンティアを観ることだった。

パドックでニューフロンティアを見守る真島大輔調教師

JRA3勝の実績を引っ提げて大井・真島大輔厩舎に移籍してきた即戦力。転厩緒戦である以上「とにかく無事に」と願いつつも、心の奥底では「できれば勝ってくんねぇか」などとやましい思いが交錯する。それを競馬の神様は見逃さなかったようだ。ゲートが開いた瞬間に落馬である。それがニューフロンティアであることはすぐに判ったが、見間違いかもしれなぬ。いや、そうであってほしい。何度も何度も馬群の中を探したが、御神本騎手の服色はどこにも無かった。

単勝馬券を買ったり、流し馬券の軸に据えた馬が落馬したことは何度もある。しかし自身や知人の持ち馬がそのような目に遭った経験はない。先ほどの「とにかく無事に」はリアルな願いへと一変した。

カラ馬となったニューフロンティアは馬群の最後尾を追走しながらゴールへと向かっている。こういうケースでカラ馬がきっちり差し切って先頭ゴールを果たすこともなくはない。スタンドは多いに沸くが、これは人馬にとってとても危ないことだ。今年の小倉大賞典でもホウオウアマゾンが佐々木大輔騎手を振り落としながらも、先頭でゴール板を駆け抜けた。騎手の指示もなく道中は3番手で折り合い、直線に向いて逃げるセルバーグを差し切ったそのレースぶりは小倉2000mのお手本そのもの。2012年の全日本2歳優駿でも勝ったサマリーズの前にはカラ馬のアメイジアがいた。

2012年 全日本2歳優駿 カラ馬のアメイジアが先頭ゴール

先日の英国ダービーでもカラ馬が1位入線して話題となったが、騎手がいなくてもきっちり「競馬」をするのは、調教の成果と集団で走るという馬本来の習性の現れである。調教では、スタート直後と4コーナーを回ってからスピードを上げることを訓練しているわけだし、馬群と一緒に走るのも、ほかの馬たちと一緒にいると安心するからに他ならない。ゆえにカラ馬でもゴール後に自ら止まって、ほかの馬たちと一緒に検量室に戻る馬もいる。昨年の日本ダービーでスタート後に落馬したドゥラエデーレがまさにそうだった。

もちろんすべての馬がこうなるわけではない。カラ馬となったニューフロンティアはゴール板を通過後も止まることなく、その後も馬場を2周している。身を挺して止めに入った真島大輔調教師は肝を冷やしたに違いない。なにせJRAからの転入緒戦。馬が故障でもしたら一大事。人がケガをすればタダでは済まない。

幸いニューフロンティアは蹄叉に少し傷を負っただけで大事には至らなかった。ひと安心して私も家路につく。その帰り道に、昔の光景を思い出した。

レースではなく能力試験での話だが、検量前の馬場で2歳馬が放馬。狂ったように走り出したのである。しかし誰も捕まえることができない。みんなが手を焼いているところに駆け寄ってきたとある調教師が「何やってんだ!止めろ!」と一声。被っている帽子を振りながら近づくと、馬は暴れるのをやめた。しかるのちに、あっさりと捕まえてしまったのである。

その調教師は蛯名末五郎さん。周囲からは「おぉ~!」という声が上がったが、「オーじゃねぇ!」と怒鳴るだけで何事もなかったようにその場を立ち去ったのである。その後ろ姿のカッコ良さと言ったらなかった。すでに亡くなってしまったので、あの魔法の秘密を知る手立てはない。残念だ。

 

***** 2024/6/13 *****