【夏の定番②】牛麦とろ丼

ひょんな出会いがきっかけで依頼されていた原稿を明け方に書き上げた。「脱稿」と書けば大袈裟になるが、ひと仕事終えた朝の気分は他に喩えようがない。爽快感、充実感、虚脱感、そして安心感。それらがごちゃ混ぜになった気分を抱えながら、成田へとクルマを飛ばした。

着いたら遅い朝食である。成田空港第2ターミナル内の飲食店はどこも外国人ツーリストで大混雑なのだが、この店は比較的空いている。外国人の姿もない。

店内が日本人ばかりなのは、やはり牛丼がニッポン人の好みに合う味だからであろう。到着ゲートのすぐそばにあるのは理にかなっている。たとえ機内食で満腹であったとしても、あるいは時差ボケで食欲減退が著しかったとしても、この一杯をガガーッと掻き込めばたちまち日本に帰ってきたことを実感するはずだ。こればかりは外国人の皆さんには分かるまい。

ただし今日の私は帰国の身ではないので、敢えてこちらのメニューを頼んでみた。吉野家では、これを「夏の定番」と呼んでいるらしい。

牛麦とろ丼。とろろやオクラは夏バテ防止食材の代表格であり、麦めしはその効果を高めるとされている。ただ筆者としては、吉野家の牛丼を麦めしで食べることへの興味もあった。実際とろろを避けて食べてみると、さほどの違和感はない。とはいえ、やはりとろろを合わせた方が美味しい。ガガーッと掻き込むのではなく、サラサラと流し込む牛丼というのは夏ならではであろう。

昨日は東京ドームのナイター終わりに水道橋駅前の「松屋」で牛めしを食べた。おとといも大井競馬場隣「ウィラ大井」2階の「すき家」で昼メシを食べたはず。JRAに行けば「吉野家」で、船橋なら正門前の「すき家」で、という具合に、たいていの競馬場には牛丼店がセットになっている。日々競馬場に出入りしていれば三度の食事が牛丼に傾くのもやむを得まい。レースとレースの合間にササッと食べられる上、安く、そして美味いとなれば、他のメニューを選ぶ理由などなくなる。

今日のように三日連続というのは珍しいかもしれないが、とはいえ二日に一食のペースは守っていると思う。牛丼との付き合いは学生時分からだから、年間180食を45年間続けているとして、ざっと8000杯の牛丼を食べてきた計算だ。私のこの身体は、ほとんど牛丼で出来ていると言っても過言ではない。

ともあれ、こうなるともはや「お袋の味」とか「女房の手料理」なども凌駕した領域ではあるまいか。私はもっと牛丼に感謝し、もっと牛丼を大事にすべきなのかもしれない。

吉野家」は1980年に一度倒産したことがある。味が落ちて客足が遠のいたことが最大の原因だが、そもそも味が落ちたのは経費削減のために材料費を大幅に削ったためとされた。

良い味を守ることは、実は客の役目のひとつでもある。たかが牛丼と笑われるかもしれないが、生涯8000杯の味が消えては生きていけない。あらゆるものが値上げされるこの時代に、牛丼業界は値上げするとなぜか叩かれるだけに、不安が尽きないのである。そんなことを考える余裕があるのは、脱稿の朝だからか。今日一日くらいは競馬のことは考えずに過ごすのも良かろう。

 

***** 2024/7/13 *****