三大うどん(稲庭)

新橋駅前の年代物のビルの2階に「天茶屋 七蔵」という稲庭うどんを出す店がある。

メニューは稲庭うどんのみ。秋田県湯沢市稲庭町のみで造り上げる麺を使ったうどんは、滑らかな喉越しとしっかりとしたコシの強さが抜群と評判で、入店待ちの行列が14時を過ぎてなお伸びていることも珍しくない。

東京に戻るにあたり真っ先に訪れたい店のひとつではあったが、この期に及んでようやくの実現と相成った。自身の大阪暮らしに加えコロナ禍も隔てたことで、実に6年ぶりの訪問。さすがに価格も以前に比べれば値上がりしている。

入店時に会計を済ませるシステムは以前と変わらない。注文は「稲庭うどん(大・中・小)」か、それに日替わりの丼がついた「うどん丼セット(大・中・小)」に集約される。セットの中を注文し、「スープ多めでね」と付け加える。こちらのウリはなんといってもその独創的なスープにあるのだが、「ネギ抜き」「ネギ多め」「スープ多め」といったオーダーもここで済ませておこう。ちなみにスープが足りなくなれば、あとから追加も可能である。

14時の入店だが店内はほぼ満席。一人客は相席となり、お茶を飲みながらうどんの茹で上がりを待つことになる。ちなみにテーブルにはこんなポットが置かれているのだが、これはお茶ではない。あとでスープを割るためのただのお湯。注意されたい。

待つこと10分。「中」とはいえ直径30センチはあろうかという巨大ザルに盛られたうどんが運ばれてきた。スープにはなめこが浮かんでいる。

これだけデカいと、ついついうどんに目が行きがちだが、この店の眼目はスープにある。鰹節、セロリ、鴨肉などをベースに出汁を取り、鴨肉をペースト状にしたものとゴマペーストを加えて、醤油、みりんなどで味を整えているとのこと。一見普通のなめこ汁のようにも見えるのだが、実際にはドロッと濃厚で、絶妙ののど越しの稲庭うどんにも実に良く絡まる。他では体験できない絶妙な味わいだ。

ずるずるずるーっと食べ終えると、残ったスープに先ほどのお湯を差して「なめこ汁」として味わいながらバラちらしをほおばる。旨さが体内に染み渡る。

これで1500円。高いと言えば高い。だけど、もともと稲庭うどんは藩主への献納品で、庶民が口にすることなどできなかったいわば贅沢品だった。三大うどんのひとつに数えられるのはダテではない。東京競馬場ホテルオークラレストランの「稲庭うどん」は、上品な味に上品な分量で1400円もする。それを思えば「高い!」と言って眉をひそめるほどでもない。どんぶりのクオリティーも相当高い。

かつて夜の営業があった頃は、特製のローストビーフが看板メニューだった。外は香ばしく、中はしっとりピンク色で、噛めば肉汁がじゅわっと滲み出る。それをアテにしこたま飲んで、シメに食べる稲庭うどんの何と旨かったことか。そんなシチュエーションに出会えないのは残念だが、稲庭うどんだけもこうして残してくれている幸せを噛み締めよう。

 

***** 2024/2/6 *****