もう一頭のラストラン

あれは3年前だったか。当時はコロナ禍真っ只中。長く寂しい無観客開催が終わり、有観客へと舵が切られて間もない阪神競馬場は、それでもまだ観客の姿もまばらで声を出しての応援も禁じられていたと記憶する。そんな阪神で行われた須磨特別はどこにでもありそうな1勝クラスの芝1800m戦。しかも7頭立てと寂しいメンバーでありながら、出馬表を見て「オッ!?」と思わず声を出してしまった。

ノーザンファームの生産馬が3頭、社台ファームが2頭、白老ファームが1頭ということで、7頭中6頭がいわゆる社台グループの生産馬なのである。残る1頭は Point of Entry 産駒の外国産馬。その生産者欄を見れば「Dr. Naoya Yoshida」とある。つまりこの一戦は「吉田家vs吉田家」の構図。具体的には吉田善太郎さんの曾孫と吉田権太郎さんの曾孫という「遠い親戚対決」というわけ。ちなみに吉田善太郎さんと権太郎は兄弟だ。このあたりの事情に興味がある方は名著『血と知と地』(吉川良著)をぜひお読みいただきたい。

ともあれ結果はマンガであった。ただ一頭で社台グループの良血馬たちに挑んだ吉田直哉さんのロータスランドが完勝してみせたのである。

2021年 須磨特別 ロータスランド 藤岡康太

あまりの鮮やかな勝ちっぷりに、「もうひとつ勝てばマーメイドSに出られる。出れば絶対に好勝負になる!」と私は確信した。それをブログに書かなかったのは、私が余計なことを書いたばっかりに除外になったり故障したりして、思惑通りにコトが進まなかったら関係者に申し訳ないから。私の思いはたいてい裏目に出る。

そんな私の思いを知ってか知らずか、ロータスランドは賞金加算のためにレースを使うことなく、抽選覚悟のマーメイドSに直行してきた。2か月間もあったんだからどこかで使おうと思えば使えたはず。実際、須磨特別で2着に下したジュンライトボルトはのちにGⅠホースにまで駆け上がっている。そのジュンライトボルトを相手にしなかったロータスランドのマーメイドSでの走りを見たかった。いや、正直に言えば、そこで穴馬券をガッポリ的中させたかったという方が正しい。

だから、マーメイドSの代わりに出走した米子Sでの彼女のオッズを見てがっかりした。マーメイドSを除外されたとはいえ、リステッドに挑むロータスランドが格下の立場であることに変わりない。それなのにまさかの2番人気ですよ。いやいや、ほかに重賞勝ち馬もいれば、オープン勝ち馬もいるじゃないですかぁ。それなのに単勝3.9倍かぁ。。。みんなちゃんと見てるなぁ。

レースでは逃げる2頭からやや離れた3番手を追走。直線で軽く仕掛けられると反応良く先頭に立った。そこから外に膨れたのは若さゆえか。それでも苦しくなってヨレたのではなく、遊んでいたというからスケールは底知れない。ただ私はそれを分かっていた。だから驚くこともない。「まあ、こんなもんでしょ」とか言いながらクールに競馬場を後にした。

2021年 米子S ロータスランド 岩田望来

それから1年後の高松宮記念で彼女はあわやの2着で大穴の片棒を担ぐことになる。追いかけている馬で万馬券を取るのは楽しい。しかし一頭の馬が成長してゆく様を見届けるのはもっと楽しい。しかしその瞬間からもう彼女は衆目一致の実力馬。高松宮記念の結果は嬉しいが、条件戦でひそかに応援していたあの頃の気持ちはどこかに消えてしまっていた。売れない当時からひそかに応援していたバンドが一躍メジャーになってしまった時に、ずっと追いかけていたファンの気持ちはこんな感じだろうか。

明日の高松宮記念は人気馬メイケイエールの引退レースとして話題になっている。レース後の引退式には多くのファンが詰めかけることだろう。その陰に隠れるようにして、もう一頭の牝馬が同じくラストランを迎えることは忘れないでおきたい。関屋記念と京都牝馬Sの重賞2勝。2022年の高松宮記念は僅差2着。2021年サマーマイルシリーズチャンピオン。彼女もまた輝かしい成績を残す名牝だった。

 

***** 2024/3/23 *****