「完全に僕のミスです。位置取りが後ろすぎるし、外を回りすぎた」
ヴィクトリアマイルからの帰りの車中で、彼のそんな言葉を思い出した。
言葉の主は津村明秀騎手。2014年のフェブラリーS、1番人気カフジテイクの手綱を任されながら3着に敗れた直後の、敗戦の弁だ。
当時デビュー14年目の津村明秀騎手は、この時点でまだGⅠ勝ちが無かった。しかし一方で、騎手に「上手い乗り役は?」と聞くと、たいてい津村騎手の名前が挙がるほどの技量の持ち主であったことも間違いない。しかし同期の川田将雅騎手や吉田隼人騎手が次々とGⅠ勝利を重ねていることを思えば、多少なりともプレッシャーはあったのだろう。ともあれGⅠ初制覇の大きなチャンスを彼は逃してしまうことになる。
あれから7年。ついに津村明秀騎手がGⅠジョッキーの仲間入りを果たした。7年前に苦汁を舐めた東京競馬場の舞台。何度も何度も繰り返されたガッツポーズは彼の苦悩の長さの現れに違いない。それを知っている人も、知らぬ人も、引き上げてくる人馬に惜しみない拍手を送った。単勝208倍、馬連936倍の大波乱ともなれば、馬券を当てた人などほとんどいないはず。なのに日本の競馬ファンは勝者を讃えることを決して忘れない。短期免許で来日する外国人ジョッキーは皆驚くという。日本競馬が世界に誇れるのは賞金の高さだけではない。
レース前に話を戻す。
前売り開始直後からずっと1番人気ナミュール、2番人気マスクトディーヴァの順で売れていた単勝人気が、レース直前に入れ替わった。マスクトディーヴァが買われたというよりは、ナミュールが評価を下げたと書いた方が正しいかもしれない。筆者の眼にもパドックのナミュールはさほど良く見えなかった。脳裏に「波乱」の二文字がよぎる。マスクトディーヴァはGⅠ馬ではない。「1番人気に推された」というよりは「1番人気を背負わされた」と見るべきであろう。当然マークもキツくなる。筆者はマスクトディーヴァ流しの馬券をすでに購入済だ。
不安は数分後に的中する。出遅れたナミュールが早々に戦線離脱したことで、各馬のマークはさらにマスクトディーヴァに集中。前後左右を囲まれては動きようがない。まるで先週のアスコリピチェーノのVTRを見ているようで気の毒だった。私の馬券はもちろんハズレ。不安だけが的中した形だ。
逆に完全ノーマークのテンハッピーローズは、「思い描いていた以上にうまくいった」と振り返るほどの絶好の展開に恵まれた。残り200mで先頭に立った時は多くの観客が「誰?」と思ったことだろう。本来なら先頭に立つのは早過ぎる。でも結果的にその判断が功を奏した。人気を背負っていてはこんなレースができるはずもない。いろいろなことが上手くかみ合って、人馬に初のGⅠタイトルが転がり込んだ。「万事塞翁が馬」の格言は競馬の中に生きている。馬は6歳、人は21年目。インタビューで津村騎手は「諦めちゃいけない」と涙声で語った。彼の口から聞けば、その言葉の重みは計り知れないものがある。競馬から学ぶことは多い。
***** 2024/5/12 *****