ジェンティルドンナの突然の訃報には驚かされた。折しも今週はジャパンカップ。オルフェーヴルと繰り広げた2012年JCの叩き合いは語り草だ。あれからまだ13年しか経ってない。なにより16歳は若過ぎる。祖母のウインドインハーヘアは、その倍以上も長生きしているというのに。

あの当時を振り返るうち、2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」を思い出した。会津戊辰戦争の戦いぶりから“幕末の女傑”とも称された新島八重を、綾瀬はるかさんが演じた一代記。女性でありながら鶴ヶ城籠城戦に参加した八重は、男装に身を固め、白虎隊士に銃の扱いを指導し、砲弾を携えて藩主に敵砲の構造を説明する一方で、自らも最新のスペンサー銃を新政府軍に向けて対峙する。その奮闘ぶりはまさに「女傑」であった。

競馬でもよく使われる「女傑」とは「男勝り」の意。単に女性の頂点に立っただけでは女傑と呼ぶことはできない。
これに従えば、メジロラモーヌ、スティルインラブ、アパパネといった牝馬たちは、牝馬限定の3歳GⅠをすべて制したその実績をもってしても、女傑とするには当たらない。牡馬を相手にGⅠを勝っていないからだ。さらに言えば、たとえ牡馬相手にGⅠを勝っていても、それがマイル以下の距離では評価されにくい。一般に距離が短くなればなるほど、牡馬と牝馬の能力差は縮まる。
それでも当時はウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタという3頭もの名牝が活躍していた。日本の競馬は女傑の時代を迎えていたのである。
「八重の桜」の第一話が放映された二日後、また一頭の女傑が年度代表馬に選ばれた。それが前年の牝馬三冠とJCを勝ったジェンティルドンナ。牝馬三冠だけならばメジロラモーヌらと同格にとどまったところだが、JCでオルフェーヴルを破ったことには破格の評価を寄すべきであろう。このJC以降、ジェンティルドンナは牝馬限定戦に出走することはなかった。すべて牡馬との対戦で、さらに3つのGⅠタイトルを積み上げたことを思えば、女傑度はいや増す。

戊辰戦争が終わり、のちに同志社大学を設立する新島襄と結婚した八重は、やがて西洋のドレスを身に纏い、大きな花の着いた帽子を被り、ハイヒールを履いて、指輪と腕時計を身に着けるようになったという。男と同じ黒装束に身を固めた戊辰戦争当時の面影は、すっかり息を潜めていた。

ジェンティルドンナ自身も、現役引退後は偉大な母としてGⅠ馬・ジェラルディーナを送り出した。女傑からの華麗なる転身。そも「ジェンティルドンナ」とはイタリア語で「貴婦人」を意味する。女傑であり貴婦人でもあった一頭の名牝に、今はただ思いを馳せたい。日曜東京の新馬を勝ったカフェラバーの頑張りは、偉大な祖母へのエールだったのだろう。そして今日の浦和記念に出走したスレイマンは、半姉の突然の訃報に気を落としたとしか思えぬ。そうでなければ4番人気で大差しんがり負けは説明できない。
***** 2025/11/26 *****