夢は果てしなく

JRAは2024年度新規調教師免許試験の合格者を発表。その中に現役ジョッキーとして通算1809勝の実績を誇る田中勝春騎手の名前があると知って驚いた。今も昔も調教師試験が難関であることは変わりない。今年は133人の出願に対して合格者は9人だったという。勝春騎手にしても3度目にしてようやくの吉報だった。52歳の挑戦に惜しみない拍手を送りたい。

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彼のコメントがまた泣かせる。「目標というか憧れは野平祐二先生。シンボリルドルフという名馬を育てられ、しかも競馬の発展に尽力をした方です。僕もルドルフみたいな馬を作って競馬の発展に尽力したい」。こういう場面で「野平祐二」や「シンボリルドルフ」の名前を聞くことがめっきり少なくなった。だから勝春騎手は、わざわざ説明的な発言を添えたのであろう。そういう心遣いも調教師として必要な素養であることは言うまでもない。

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縁があって勝春騎手とは何度か会う機会があった。中でも暮れの野平邸での出来事が思い出深い。当時は有馬記念が一年の終わり。中山競馬場にほど近い野平邸には、最終レース終了後から馬主、騎手、調教師が次々と年末の挨拶に訪れるのだが、野平氏が調教師を引退してからは来客もほとんどなくなっていた。それでも勝春騎手だけはちゃんとやってきて、一年の報告と感謝を述べるのである。

有馬記念当日は近所で餅つきが行われ、それが来客にもふるまわれる。勝春騎手も「おいしい、おいしい」と食べていた。あまりに美味しそうに食べるものだから、野平先生も「じゃあ、もっと食べなさい」と勧める。それを隣で見ている私は減量が心配でならない。当日の勝春騎手は関東リーディングを争う立場。金杯でも有力馬に乗るはずだ。ハンデはいったい何キロになるんだ?

しかしそんな私の心配をよそに、勝春騎手はニコニコしながら勧められるがままにお餅を食べている。彼のそんなところに周囲は惹かれるのであろう。そういうキャラクターは調教師としての大きな武器となるに違いない。

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シャドウゲイトで制したシンガポール国際航空カップ優勝祝賀パーティーで同席したときも、彼は普通にブッフェ料理を取っていた。そのあまりの「普通」さに、私と同じただの招待客だと思ったほど。慌てて「あっ、おめでとうございます」と言う私の右手にはしっかりとトングが握られていたように思う。

このパーティーで勝春騎手は、歌手の前川清さんと一緒に名曲「そして神戸」を熱唱した。

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「そしてひとつが終わり」が騎手引退なら、調教師への転身は「そしてひとつが生まれ」であろう。歌詞では「夢の続き見せてくれる相手捜すのよ」と続くが、「僕もルドルフみたいな馬を作って競馬の発展に尽力したい」と彼は調教師としての夢を語った。彼の夢の続きを私も見届けたい。野平祐二氏の座右の銘は「夢は果てしなく」だった。

 

 

***** 2023/12/7 *****