未明にパリ五輪の開会式が行われた。深夜のテレビに視入ったという方も多かろうと思う。

悩ましいのは寝るタイミングである。つまり「夜更かしして視る」と「早起きして視る」のどちらを選ぶか。それが問題だ。
開会式が始まるのは午前2時半。終わったのは同6時半である。夜更かしして視れば、ほぼ貫徹に近い。かといって2時半起床を「早起き」と呼ぶには早過ぎる。トレセン勤務の方には申し訳ないけど。
筆者はそこまで頑張らず、4時に起きて開会式後半だけを視た。しかしこれは開会式目当てというよりも、もともと早起きしてとある原稿を書こうと思っていたから。なので目はパソコンに向けつつ、耳だけをアナウンサーの声に傾けていたと言った方が正しい。
その昔、北宋随一の名文家と謳われた欧陽脩は、文章を練るのにすぐれた考えがよく浮かぶ三つの場所として、馬上、枕上、厠上の「三上(さんじょう)」を挙げた。このうち「枕上」は、一般に寝る前の時間だと思われているようだが、実はそうではない。朝、目が覚めてから起き上がるまでの時間である。歴史的な数学や物理学の大発見は、朝に着想を得たというケースが多い。
だいたいが、寝る前にあまり深い考え事をするのは寝つきを妨げるだけだ。それでいざ眠ろうと意識すると、あとからあとから様々なことが次々と頭に浮かんで、なおさら眠れなくなる。このとき頭に浮かんだ事柄を「枕上の発想」だと勘違いし、喜んで枕元の紙にメモを取る人もいるようだが、こういう精神状態に妙案が現れるとは考えにくい。
「馬上」についても「現代で言えば通勤電車の中」というような解釈をされることがあるが、少なくとも私はラッシュの電車に揺られているさなかに名案を得たという経験を持たない。これはそのまま「馬上」で良いのではないだろうか。つまり欧陽脩さんは、ひらめきというのは脳がリラックスできる環境で生まれるものだと言いたいのであろう。乗馬の経験がある方なら、馬の背に揺られるときに得られる気分を思い出していただけばわかる。明け方の布団の中やトイレが精神的に落ち着ける場所であることは言うまでもない。
どこの国だか忘れたが、「夜書いた手紙は、一晩そのままにしておいて、翌日読み返してから投函せよ」ということわざがあると聞いた。朝になって読み返してみると、おかしなところに気づくというのである。たとえ同じ人間であっても、朝と夜とでは脳の状況が違う。どうせなら朝の脳を有効的に使いたい。おかげで原稿はずいぶん捗った。
それにしてもセーヌ川の水面を駆け抜けたメタルホースは格好良かったですね。「蹄に水掻きが付いている」とまで言われたレインボーアンバーでも、あそこまで上手には走れまい。たまに手前を替えたりすればなお良かった。そのあとに登場した芦毛馬も立派に役目を果たして偉い。
さあ、まもなく女子柔道48キロ級の準決勝が始まる。ディープインパクトのような圧倒的な柔道で勝ち進む角田選手の金メダルはなるのか。一方、グリーンチャンネルではキングジョージの生中継が行われるではないか。昨年のこのレースで大差最下位に敗れたディープインパクト産駒オーギュストロダンのレースも見届けたい。しばらくは寝不足の日々が続きそうだ。
***** 2024/7/27 *****