荒れてこそ福島

ラジオNIKKEI賞は、その出走条件に「除東京優駿競走の勝馬」の一文があったことから「残念ダービー」とも称された時代がある。中山から福島へ開催場が移されたあとも、しばらくの間はダービーやオークスに出走したA級馬がそのまま転戦してくることも珍しくはなかった。福島移設後の最初の8年間で、ダービー・オークスの好走馬や皐月賞馬がこのレースを6勝もしている。しばらく間は空いたが、1994年にはダービー3着のヤシマソブリンが勝った。しかしそれも30年以上前の話だ。

1979年 ホクセーミドリ オークス3着
1980年 ハワイアンイメージ 皐月賞1着・ダービー14着
1981年 エイティトウショウ オークス4着
1983年 ウメノシンオー ダービー5着
1984年 スズパレード ダービー4着
1986年 ダイナコスモス 皐月賞1着・ダービー5着
1994年 ヤシマソブリン ダービー3着

今年で言うなら、アルマヴェローチェやマスカレードボールが出走してきて、しかも優勝するようなものか。そうなれば福島のファンもいたく喜ぶはずだが、昨今ではA級馬は6~7月は休むものと決まっている。ましてや2006年前からハンデ戦へと様変わりしてしまった。クラシック好走馬の出走を望むことは、もはや難しい。

2016年 ラジオNIKKEI賞 ゼーヴィント 戸崎圭太

3歳春のサラブレッドはまだ成長途上。消長が激しいことに加え、クラシックを目指して多少の無理を承知でローテーションをこなさざるを得ないとなれば、必ずしも近走が実力通りの成績になるとは限らない。それを基準にハンデをつけること自体、無理があるようにも思える。

さらに、この時期の3歳馬がハンデの恩恵に恵まれて優勝してしまうと、思わぬ重荷を背負うことにもなりかねない。一度重賞を勝ってしまえば、その後は強いメンバーと互角の斤量で戦い続けなければならず、馬も辛い思いをするだけ。ハンデ戦で行われた過去19回の優勝馬からGⅠウイナーは誕生していないのに、負けた馬からはソングオブウインドスクリーンヒーローショウワモダンストロングリターン、フィエールマン、そしてパンサラッサらがのちにGⅠを勝っている。

2018年 ラジオNIKKEI賞 メイショウテッコン 松山弘平

その一方で、競馬に興行という側面がある以上、番組編成上の工夫をおろそかにすることはできない。なにせ福島のファンは馬券上手。タニノハローモアが勝った1968年のダービーでは、単勝3960円、枠連5730円の大穴になったにもかかわらず福島場外の的中者が多く、払戻用の現金が不足して競馬場側が銀行にSOSを発したという。

そんな馬券名人たちが、ありきたりの番組で満足するはずがない。そういう視点に立つと、最近の夏の福島はハンデ戦が少ないような気がする。この夏の福島でハンデ戦は5鞍のみ。同じ期間の小倉の6鞍より少ない。それを福島のファンはどう受け止めているだろうか。彼らにとって難解なレースは大歓迎。1番人気馬が易々と勝てないレースこそ、福島の誇りなのかもしれない。

 

***** 2025/6/28 *****