ハードラーの矜持

明日の阪神ジャンプSに出走するジューンヴェロシティは、一昨年のこのレースのチャンピオン。重賞5勝のうち4勝を東京コースでマークしている同馬とすれば、貴重な阪神コースでの勝利だった。同じ障害でも、馬によってコースごとに得意不得意が現れるのは避けられない。

2023年 阪神JS ジューンベロシティ 西谷誠

日本国内ではひとくくりに扱われる障害レースだが、海外(特に英愛)では、スティープルチェイスとハードルレースの2種類に区別されている。スティープルチェイスとは、難易度の高い固定障害を使ったレースのこと。スティープル(尖塔)とチェイス(追跡)を合わせたこの呼び名は、かつての貴族が狩猟の余興として二つの教会の尖塔と尖塔の間を生け垣や小川を跳び越しながら競走したことにちなむ。一方、簡単な置き障害を跳ぶレースをハードルレースと呼び、こちらは飛越よりも平地の走力に重きがおかれ、距離もスティープルチェイスよりは短い。陸上競技にも「障害」と「ハードル」があるが、この競技は競馬のスタイルに倣って誕生した。世界陸上が大盛り上がりのこの機会に、競馬からの貢献もアピールしておきたい。

日本で行われる障害レースの最高峰は、中山大障害中山グランドジャンプ。中でも障害シーズンのクライマックスに行われ、しかも国際招待レースの後者の方が若干ながら価値は高い。その中山グランドジャンプに招待される関係者の話を聞いたところ、中山の大障害コースは「スティープルチェイスとハードルの中間くらい」と語っていた。それゆえに招待馬も比較的集まりやすいのかと思ったりもしたが、最近は外国馬をあまり見かけない。

2010年の阪神ジャンプSを逃げ切ったコウエイトライは、これがこのレース4度目の勝利。障害重賞通算8勝と同一重賞4勝の記録は、オジュウチョウサンに破られるまでの日本記録だった。牝馬ながらの大記録は立派のひと言だが、実はコウエイトライにはオジュウチョウサンと致命的に異なる点がある。それは国内障害最高峰であるはずの中山グランドジャンプ中山大障害への出走経験がないこと。たまたま体調不良や故障だったわけではない。「中山コースは向かない」と公言していた陣営は、五体満足でありながら意図的にこのレースを避けてきた。そのことに対する批判的な声も無かったわけではない。

コース適性のみならず、彼女自身が逃げ切りを得意としており、また4度のレコード勝ちがあったことを思えば、飛越よりもスピードに優れていることも理由のひとつであったようだ。実際、障害での11勝はすべて距離3390m以下の比較的短いコースで挙げたもの。阪神ジャンプSと同じ阪神コースで行われる阪神スプリングジャンプには3度出走しながら勝ったことはない。得意と思われるコースでの意外な苦戦は、阪神スプリングジャンプの3900mという距離にあった可能性もある。

コウエイトライは、きっとスピードに秀でた「ハードラー」なのだろう。そう思えば中山大障害に出走しないという陣営の選択を無下に責めることもできない。むしろそういうハードラーのための最高峰レースが用意されていない現状を少々残念にも思う。障害最高峰のJGⅠレースを、どうしてわずか4ヶ月の間に同じ中山コースで行うのか。今ひとつ浸透しなかった「ジャンプレース」などというネーミングに頭を捻るより、こちらの方がはるかに議論の価値があったと思うのである。

 

***** 2025/9/19 *****