当たれ!

公開されたばかりの「沈黙の艦隊 北極海大海戦」を観た。原作を読んだのは学生の時分のこと。あれから35年余りを経て、こうして映像化された作品を観ることになろうとは夢にも思わなかった。なにせ連載開始は1988年。サクラチヨノオーがダービーを勝ち、19歳の武豊騎手が菊花賞を勝って史上最年少クラシック制覇の記録を作った年である。

敵の魚雷が次々と放たれても、「やまと」は神がかり的な操艦でそれを交わしていく。そりゃあ当たるはずがない。だって昔読んだ原作を知っているもの。しかしそんなシーンの連続に、もっと昔を思い出した。子供の頃に観た戦争映画。題名は知らない。第二次大戦中に日米の潜水艦同士が海中で遭遇する。日本艦は魚雷を一発、二発と発射するがいずれも命中しない。やがて三発目が発射された。すると映画館内の誰かが叫んだのである。「当たれ!」。

上映中に掛け声が珍しくなかった時代のこと。今ではマナー違反の誹りは免れまい。しかしその気持ちは分かる。競馬場でも「差せ!」とか「そのまま!」とか叫んでいながら、言わんとするところはすなわち「当たれ!」だ。

競馬場でファンが叫ぶ言葉は様々あるが、それぞれの言葉には発せられるに相応しいタイミングというものがある。

実はこれはなかなか難しいもので、向こう正面から「そのまま!」などと言うのはいくらなんでも気が早いし、かといって明らかに差す脚色の馬に向かって「差せ!」と叫ぶのも白々しい。レース展開を読みながらベストの瞬間にベストの言葉を発する技量が求められるわけだ。歌舞伎でいえば「大向こう」の掛け声のようなものか。ただし、競馬場では「成田屋!」ではなく「ナリタ!」であり、「中村屋!」ではなく「中村っ!差せ!」という声になったりする。

私が子供の頃に観た戦争映画では、潜水艦の乗組員はソナーに探知されないよう物音を立てずにジッと息を潜めているのが印象的だった。「当たれ!」と叫ぶことなど許されない。しかし「沈黙の艦隊」では、みな普通にしゃべっていた。それでも「当たれ!」と叫んだりはしない。一流のサブマリーナなら当然のこと。今週の京都新聞杯にはサブマリーナが出走してくる。昨秋、同じ京都外回りで行われた清滝特別は4馬身差の圧勝だった。

2024年 清滝特別 サブマリーナ 武豊

京都外回りはアップトリムとダウントリムの連続が勝敗を分ける。サブマリーナは居並ぶ大艦隊の包囲網を突破して先頭ゴールを果たせるだろうか。武豊艦長の天才的操艦に期待したい。直線では「当たれ!」と叫ぼう。

 

***** 2025/10/2 *****