我が国唯一のダービー

オークスが行われるちょっと前、日本ダービーの最終登録馬が出揃った頃にネットに出た一本の記事を見て軽い衝撃を受けた。

サトノエピックは番組賞金1650万円でダービー出走順はフルゲート頭数以内の17番目。登録してきたからには出走態勢も整っているはず。競馬関係者なら誰もが夢に見る日本ダービーへの出走が叶う。にもかかわらず、調教師が日本ダービーより地方のダービーに出たいと発言したことが、どうにも呑み込めなかった。

過去に日本ダービーの出走権を持ち、最終登録を済ませながら、ほかのレースへの出走を理由に回避した例を私は他に知らない。一昨年のダービーで重賞のサウジアラビアロイヤルカップを勝ながら日本ダービーを賞金除外となったコマンドラインがやむなくジャパンダートダービーに出たことはあったが、今回はその逆のパターンであろう。日本ダービーは、あろうことか東京ダービーのスベリ止めとなったのである。

競馬の世界で単に「ダービー」と言えば、それは6月の第1土曜日にロンドン南部エプソムダウンズ競馬場の1マイル4ハロン6ヤード(2423m)で行われるダービーステークス、いわゆる英国ダービーを指す。それ以外のダービー、すなわちケンタッキーダービーも、日本ダービーも、英国以外の各国で行われるダービーには「○○ダービー」という具合に、分家であることを示す地名が付いている。本家英国に対するささやかな礼儀だ。

ただし「日本ダービー」が通称であることはよく知られている。正式なレース名称は「東京優駿」。ダービー卿チャレンジトロフィーがあるにはあるが、これはあくまで例外。つまりJRAに「ダービー」と名の付くレースは実は存在しない。

実は今年から地方競馬でも同じようなことが起きている。全国各地でダービーが行われる時季だが、今年は行われていない。なぜか「ダービー」と名の付くレースを片っ端から名称変更しているのである。九州ダービーは栄城賞に、東海ダービーは東海優駿として行われた。

その理由は今年から始まった3歳ダート三冠路線の整備によるもの。これまでは全国各地のダービーを勝ち上がった馬が、ジャパンダートダービーでダービー馬の頂点を決めるというシステムだったが、これを廃し、東京ダービーをJRAも含めた3歳春ダートクラシック戦線の頂点と定めた。各地で行われるダービーはもはや頂点ではない。東京ダービーこそが日本で唯一のダートのダービーである。それをはっきりさせるための名称変更。ここに至って、東京ダービーは我が国唯一の「ダービー」と名の付くレースとなった。ひょっとしたらサトノエピックは、あくまでも「ダービー」にこだわったのかもしれない。

ともあれアマンテビアンコの回避によりサトノエピックはめでたく4頭のJRAに出走枠に滑り込んだ。日本ダービーを袖にして挑んだ東京ダービーの結果は2着。勝てはしなかったが、一定の結果は残した。関係者の慧眼と決断力に敬意を表したい。

そもそもJRA出走枠の「4頭」が少なすぎるのである。JRA所属馬が上位を占めた今日の結果を見れば、あまりJRAに来てもらいたくないという気持ちもあろう。しかし露骨に門戸を閉ざしてはせっかくの改革も意味を為さない。羽田盃が衝撃の8頭立てになったことは来年に向けての大きな課題だ。そもそもこの時期ではケンタッキーダービーに挑戦するような真のダートチャンピオンの参戦も見込めない。

東京ダービーがダート路線における全国統一の「ダービー」であることに異論はないが、少なくとも全国統一のチャンピオン決定戦ではない。フォーエバーヤングが不在だったせいもある。その役割は秋に行われる3冠目ジャパンダートクラシックが担うのであろう。ラムジェットとフォーエバーヤングとアマンテビアンコは果たして誰がいちばん強いのか。それを決めるための3冠目。馬場貸しと揶揄されようと、改革初年度からその目論見は達成されつつある。

 

***** 2024/6/5 *****