常識の壁

東京は冷たい雨の一日。今日は朝から東京ドームで過ごした。競馬は雨でもやるが、屋外球場の野球は雨が降れば即中止。屋根のありがたみを噛み締めたい。

今日の東京ドームは、阪神×ドジャースと巨人×カブス変則ダブルヘッダー。第1試合と第2試合との間には観客を総入れ替えする。両試合のチケットを持っていても、いったん外に出なければならない。第1試合が終わったのが14時45分で、次の試合開始が19時。実に4時間以上の空き時間が生じる。しかも外は雨。さあ、どうしたものか。

飲食施設はどこも満席。公式グッズショップはファンが長蛇の列を為していた。しかしそういうとき競馬ファンにはここがある。馬券に本腰を入れてしまいかねないので良いことばかりとも言えないが、時間を潰せる上に雨を凌げるのは助かる。

ドジャースの大谷選手は第1試合の阪神戦に出場するも2打席凡退に終わった。しかし昨日の巨人戦ではホームランを放つ活躍ぶり。今年は投打の二刀流も解禁するらしい。移籍2年目にして早くもチームの中心的存在になりつつあるが、大谷選手が渡米した2018年当時、米国内での評価はさほど高くはなかった。

その理由のひとつに「そもそも二刀流なんて非常識」という固定観念があったことは想像に難くない。なにせ投手と打者だけでなく、投手という枠組みの中においても先発とリリーフという分業制を早くから確立したお国柄。分業化あるいは細分化を推し進めて、たくさんのスターを生み出す傾向は、競馬のブリーダーズカップにも通じる。

競馬の本家、英国でも分業が進んで久しい。1000ギニー・2000ギニーを勝てば、当たり前のようにオークス・ダービーを目指す時代ではもはやないのである。セントレジャーステイヤーだけの特殊なレースとなったように、マイルと1マイル半は別モノという考えが浸透した。昨今では2000mと2400mでさえ、別路線として区別される傾向にある。

競馬においては、性別、年齢、距離、コースなど様々な条件が組み合わさって競走体系が成り立っているが、そうした条件を取り払い、普遍的な1頭のチャンピオンを探し出すのが、本来の競馬の理念であろう。2歳でデューハーストSを勝ち、コースも距離も異なるクラシック3冠をことごとく勝ち、古馬となってからは4000mのアスコットゴールドカップを勝つ―――。それをサラブレッドの理想像としたのは、ほかならぬ英国であったはずだ。

競馬の母国と同じように、野球の母国でも分業制が常識の地中に深く根を下ろしてしまっている。だからこそ彼らには余計に大谷の活躍が鮮烈に映るのであろう。常識の壁を超えようというチャレンジが、人の心を打つことに説明の必要はあるまい。

競馬でも同じこと。「距離が……」「間隔が……」「相手が……」。チャレンジを避ける理由はいくらでも思いつくが、それが常識になってしまっては困る。弥生賞スプリングS皐月賞への王道とも言われる前哨戦が、揃いも揃って重賞優勝馬不在という小粒なメンバーで行われたことに、そこはかとない危機感を覚えた。「小粒」ということなら、親善試合で良いところなく連敗した巨人にも言えることではあるが……。

 

***** 2025/3/16 *****