福島駅の新幹線改札内にある立ち食いそば店「立ちそば処ふくしま」の壁には、かつて「ラジウム玉子そば」という一風変わったメニューが掲げられていた。

「ラジウム玉子」は福島近郊の飯坂温泉の名物。その独特なネーミングに一瞬たじろぐ人もいるらしいが、その正体は単なる温泉玉子に過ぎない。朝の新幹線から飲みっぱなしで疲弊した胃袋にとって、ダシにくるまれた柔らかな玉子の味は実に優しい。
なぜシンプルに「温泉玉子」を名乗らなかったのか。その由来は、夏目漱石の主治医で、野口英世とも親交のあった医学者・真鍋嘉一郎が、飯坂温泉の源泉でラジウムを確認した明治時代にまで遡る。それを学会で発表したことで「ラジウム温泉・飯坂」の名は全国に知れ渡った。ラジウム玉子の起源は定かではないが、大正時代には飯坂温泉の名物になっていたという。もとより玉子は貴重品であったし、何より「ラジウム」という言葉の響きに、当時の人々が大正モダンを感じたとしても不思議ではない。

もっと昔にさかのぼれば、「立ちそば処ふくしま」に掲げられていたメニューの表記は「ラジウムそば」だったはず。ラジウムを直にトッピングするとはなかなかエグいと感心した思いがある。それが「ラジウム玉子そば」となり、昨日久しぶりに立ち寄ってみたら定番メニューからは消えて、トッピングに格下げとなっていた。しかも券売機を操作して「単品・ご飯・その他」の画面に遷移させない限り、「ラジウム」という言葉を見る機会はない。ついにラジウムそばは「その他」に追いやられたのである。

「ラジウム」という言葉にモダンを感じる時代ではない。とはいえ、食文化の視点から見れば退行てあろう。若干の寂しさを禁じ得ない。ひょっとしたら震災に伴う原発事故の影響もゼロではないのてまはないか。なにせラジウムは放射性物質である。
そんな邪推はさておき、さっさと食べよう。「かけそば・うどん」と書かれた食券と「ラジウム玉子」と書かれた食券二枚を店内のオバちゃんに渡すと、元気よく「はーい。ラジウムそば一丁!」と返してくれた。そのひと声で救われた気がする。そのまま食べても美味いラジウム玉子だが、そばと一緒に食べるラジウム玉子はさらに滋味深く、美味かった。

***** 2024/7/16 *****