「さて、昼メシはどの店にするべか」
そんなことを考えながら豊洲界隈を歩いていたら、こんなポスターが目に留まった。

「箱根そば」の夏の風物詩「豆腐一丁そば」が無事今年も発売されるという。冷たいかけそばに豆腐が一丁まるまる載った豪快メニュー。かつては毎年夏になると販売されていたのが、一時的にメニューから消えてしまった時期があった。復活したのは9年前。同社の開業50周年記念特別メニューとして、ひと夏限りの復刻となる予定だったが、存続を願うファンの声に後押しされる形で、その後も毎年「夏の定番」として復刻を続けている。先ほど「無事今年も」と書いたのはそういうことだ。
そばに豆腐と聞くと驚く人もいるらしいが、これを食べねば夏が来た気がしないという根強いファンも少なくない。実は私もその一人。このチャンスを逃してはならないとばかりに迷わず注文した。

昭和初期に各界の著名人が食について語ったものをまとめた「味覚極楽」(中公文庫)に、こんなくだりがある。
「わしらの世界で一番うまいのは豆腐で、古来『豆腐百珍』といって百通りの料理がある。昆布を敷いて湯豆腐を生醤油でたべるのもうまいが、醤油の中へねぎを切り込んだりするのはいけないことじゃ」
語り手は増上寺大僧正・道重信教氏で、聞き手は東京日日新聞(現・毎日新聞)記者時代の子母沢寛だ。
「豆腐百珍」は江戸時代にベストセラーとなったレシピ本。1782年に出版されたのが大評判となり、「豆腐百珍続編」「鯛百珍」「玉子百珍」などと追従書が続々発刊され、江戸の世に一大グルメブームを起こした。その先陣を切った豆腐こそ当時の身近で美味いものの代表格だったのであろう。
ただ残念なことに、豆腐一丁をポンと乗せただけのそばは、「豆腐百珍」の中には登場しない。なにせレシピ本に載せるには作り方が簡単過ぎる。ただし、すり鉢で潰した豆腐に溶き玉子をよく混ぜ、それを火にかけたダシで煮て、ふんわり固まったところを蕎麦に乗せると美味い―――。そんな記述はあるから、そばと豆腐の組み合わせは昔からアリだったと思われる。
ところで道重大僧正のおっしゃる通り、私も豆腐にネギを必要としない。うどんでも同様。このブログに掲載するうどんの写真にネギが乗ってないことが多いのは、実はそのせい。むろんこれは好みの問題でもある。それで調子に乗って、2杯目に「豆腐一丁うどん」を頼んでみた。もちろんネギは抜いてある。

「箱根そば」でわざわざうどんを頼むこともあるまいが、これが意外に美味かった。豆腐の薬味の生姜とかつお節が、そばよりうどんにマッチしたのかもしれない。来年の夏は再びこの味に巡り合えるだろうか。
***** 2024/7/17 *****